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「はよ帰ってくるから」
「夜の山は危ないから気をつけてね」
「大丈夫や、言うてるやろ」
久志朗は、寝室をあとにした。「寝とき」と言われたものの、らんぷはやっぱり気になって眠ることが出来なかった。
2時間ほどが経って、久志朗が帰って来た。
らんぷは心の中で安堵しながら、寝室へ戻って来た久志朗を「おかえりなさい!」と満面の笑みで迎える。
「なんや、起きてたん?」
「うん!」
「そんなに夜美人さんのことが気になってたんやねえ」
「気になるけど、久志朗さんが怪我してないか気になってるんだ。……怪我してない?」
「……してへんよ。そんなことよか、はい、これ」
手渡されたのは、骨壺のような。しかし骨壺にしては過度な装飾の施された小さな壺だった。らんぷはそれをおずおずと受け取った。
「夜美人さん?」
「そう」
久志朗は頷き、寝室を出て行ってまた戻って来ると、寝室の真ん中に新聞紙をひいて、その上に鉢植えを置いた。そこに咲く花には見覚えがあるような気がした。
「……朝顔?」
「ちゃう。これは夜顔いう花や」
「朝顔と違うの?」
見た目は、あまり変わらないように見える。
「その名の通り、朝顔は朝に。夜顔は夜に咲くんやよ」
「……へえ。なんでこの花にしたんだ?」
「この夜顔は白い花弁が艶やかで綺麗やし。それに夜顔の花言葉は夜美人さんにぴったりやねん」
「夜顔の花言葉と朝顔の花言葉は違うんだね」
見た目が似ているから、花言葉が同じ、そう簡単なものでもないらしい。
「夜顔の花言葉はいくつかあるけど、その内、夜美人さんにぴったりなんは『夜』『妖艶』いうやつやね」
「ほんとだ、ぴったりだ」
らんぷが目を輝かせると、久志朗は静かに頷いて「ほな、そろそろやろか」とらんぷの手から壺を受け取った。
受け取った壺を、夜顔の鉢植えの隣に沿える。
久志朗は眠るように目を閉じた。
「蛍の橋を渡るより先。──…依り代に移りて、問わば答えませ」
一言。その一言で、壺が淡い燐光を放つ。滾々と湧き始めたその光は、蛍の光のように小さく飛び交い、徐々に寄り集まって夜顔の花を包み込む。
幻想的な光景が、夜の帳の中で凛とした静けさをもたらした。
ほんの少しかんばせを垂れていた夜顔の花が、すいと上向く。
らんぷは緊張して、ごくりと固唾を吞み込んだ。
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