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『──…何用でございましょうか』
静かな声が寝室に響いた後、ざあっと風の舞い上がるような音がして、夜顔の花から「夜美人」の姿が、燐光を放ち透けて見えた。
(本当に、すごい美人さんだ)
目の前がチカチカする。そこに浮かぶ伏し目がちなその人は、その名に相応しく夜の艶やかな気配を纏って美しい。
「聞かせて欲しいことがあってお呼びしたんやけど。答えてくれはりますか?」
『──……』
夜美人は何も答えない。だが、自らの意思で依り代へ移ったことにかわりはないのだ。それならある程度のことは答えてくれるはず。らんぷと久志朗は動かない夜美人の表情をじっと見つめた。
「和傘職人さん──…古傍正造さんのこと、知ってはる?」
昨晩、久志朗は組み立てた推測を元にして、ユミル経由で詩枝の幼馴染だったというその人の名を知り得た。
その名を聞いた途端、夜美人の顔が鈍く強張り、眉間に濃い皺が浮かびあがる。
先までの淑やかな美人の形相が、すっかり悪鬼のような顔になってしまって、らんぷは背筋を凍らせざるを得なかった。
『……知っていたら、何なのでございましょう』
「古傍さんと、あんたの間に何があったんか、聞かせて欲しい」
久志朗の声はただ静かで、おもねるようではなかった。
『何のために』
「……ああ、こちらの事情から話すんが先やった。失礼なことしてしもて、かんにんしておくれやす」
少し大仰な言葉を撒いて、頭を下げた後、久志朗はまた静かな声で話し始めた。
「その古傍さんが造りはった和傘がな。実は五条坂の小路あたりでうろついてる可能性があんねん。亡くなった古傍さんの思念が宿ってしもたのかもしれへん。そんでもって」
『今、なんと?』
夜美人のその呆然としたような一言。久志朗は、はたと口を止めて「何や、知らへんかったん」と呟いた。
「古傍さんが、亡くなりはったこと」
夜美人は目を見開いた。纏う燐光が弱くなる。
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