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『大した約束ではございません。ただ、雨の日にまた会おうと』
「雨の日にしか合わへん理由は何なん」
『……雨に濡れるあなたに、傘を差しかける理由でもないと恥ずかしくて、会いに来られないと言っておられましたが』
「……実直な人やね。彼は他にどういうことを言うん?」
久志朗が問いかけると、夜美人はほんの少し苦し気な顔をした。
『……朝にしか顔を見せない自慢の美人をその時に紹介しよう、と彼は言いました』
「朝にしか顔を見せへん美人……ほんまにそう言うてはったん?」
その問いに、夜美人はほんの少し憤慨するように言葉を重ねる。
『ええ、いいました。彼はいつも言いました。私の家には、あなたとは真逆の朝にしか顔を見せてくれない美人がいますよ、と。その後、いつも何か言葉を続けようとしますけど、すぐに口を噤んでしまいます』
肩で息をする夜美人に、久志朗は穏やかに言葉を掛ける。
「古傍さんとは、どれくらいの付き合いやったん?」
『……ほんの、ひと夏の間だけ。短いでしょう。短いけれど、それでも私は』
夜美人は胸を押さえて、切なげに顔を歪めた。
「……古傍さんのこと、慕ってたんやね」
夜美人は答えなかったが、その表情から全てを察することが出来てしまう。それほどまでに夜美人の表情は先の無表情が嘘のように顕著だった。
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