3人が本棚に入れています
本棚に追加
「私はロボットです。」君は僕にそう言った。
その日、世界が溶けそうなとても暑い日、君と僕は出会う。当時、友人の少なかった僕は、すぐに君と打ち解けた。なぜか君の目は一つしかなく、体も鉄の様に固かった。君は「人」なのか、何歳なのか、男の子なのか女の子なのか、何処からやって来たのか、そんな事どうだっていい。君の綺麗な瞳に僕は惹かれた。優しい君の事が大好きだった。そんな君のことをもっと知りたい、ただ言葉にするのは少し気恥ずかしかった。
「どうして君達には目が二つあるの?」
突然、カタコトな言葉で君は僕に尋ねた。
「どうして体が柔らかいの?」
そんな質問に、僕は困惑した。不思議そうに首を傾げている君は、片目で僕をじっと見つめる。そして、硬く冷たい手で僕の腕を握り、恐る恐るつぶやく。
「私は、普通じゃないの?」
震えたその声は細く、悲しく、脆い。
雲が太陽を覆い隠す。空の色は真っ黒だ。
僕は何も言うことが出来なかった。
街に出ると、君はとても喜んだ。僕がいつも歩いているこの道も、君は星を見ているかのように目を輝かせて歩く。小さな路地をしばらく歩いていると、君の足が止まった。街一番の繁華街に出たようだ。たくさんの人で賑わっている。僕以外と関わったことがないのだろうか。君は恥ずかしそうに周囲を見渡していた。その時、抉れる様な痛みが僕の耳を刺激した。
「化け物だ」
誰かが小さな声でそう言った。街中が静まり返る。道の端に立っている僕たちにスポットライトが当たる。どうやら僕たちに向けた言葉らしい。その言葉は波の様に広がり、なし崩しに僕たちを襲った。こっちを見るその二つの目は尖っている。指差して放ったその言葉は酷く汚れている。空気が重たい。逃げ出したい。君の手を取り、僕は走った。ただ静かな場所を目指して歩いてきた道を戻っていく。星のように輝いていたその道はとても濁って見えた。
夜になったからだろうか、君の顔がほとんど見えない。君が何を考えているのか、何を感じているのか、僕にはわからない。冷たい風が僕の頬を撫でる。蛙の鳴き声と、二つの足音だけが空に響いている。
「私はロボットです。」
君は僕にそう言った。
「君は君だよ」
恥ずかしさを押し退け、今度はちゃんと君にそう返す。
あの時伝えたかった言葉。その一つしかない目も、硬い体も、全部僕が大好きな君だから。君は世界でたった一人の君だから。生きている人の中に、「普通」の人なんかいない。みんな誰かの特別で、誰かの宝物。
暗くて君の顔は見えない。でもきっとこの思いは伝わっている。
今日の空の星はいつもより一段と綺麗に見えた。
最初のコメントを投稿しよう!