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第1章 ようこそキボウ部へ(2)
「一真がさっき青って言ったのって、わたしのブラの色でしょ!」
「ちっ、違うからっ! 空が青く見えたんだって」
「絶対にうそだ!」
水無瀬は頬を真っ赤に染めて、ビシッと俺の眼前に人差し指を突きつけてくる。
あまりの迫力に俺の足は止まる。逃げ出したくても足が動かない。
「俺はうそなんてついてない。土砂降りの空にもいろんな色があるって水無瀬がさっき自分で言ってただろ?」
「言ったけど、言ったけれども! 一真は絶対にわかってなかったでしょ!」
「ほんとだって。ああいまも空は青いな」
わざとらしい声音だと自覚しながらも俺はそう言って空を見上げるが、さっきと変わらず小雨を落とす空はやっぱり灰色にしか見えない。
「わかった。一真がそう言うなら信じてあげる。だけどっていうか、だからこそわたしの部に入って」
「だからこそって意味がわからないんだけど。水無瀬の部って何部なんだ?」
「それは部室に着いてからのお楽しみだよ」
「いや、なにかわからない部になんて絶対入らないからな」
「へえ、そうなんだ? だったらわたしにも考えがあるよ」
両腕を組んで挑発的な笑みを浮かべる水無瀬。思いっきり悪いことを企んでいるかのような表情に俺の不安は募る。
「……考えってなんだ?」
おそるおそる訊ねた俺に、水無瀬はふふと微笑むと腕組みを解いて口元に両手を当てる。
大きく息を吸ったかと思うと、
「みなさーん、ここに変態がいまーす!」
とんでもないことを叫びやがった。
「おいっ、なに言ってるんだよ?」
慌てる俺に水無瀬は冷たい視線を向けてきた。
「だって人のブラをじとっと見てたのは事実でしょ。わたしはてっきり一真も空を眺めてるかと思って話をしてたのに」
「事実は認めるが、人のことを変態扱いするなよ」
「わかった。じゃあやめる」
意外にも素直で拍子抜けしていると、
「その代わりわたしの部に入って。それが条件」
「卑怯だぞ! 俺は大したことなんてしてないのに。誰だってブラが透けてる女の子がいたら凝視するだろ」
「しないよ」
「するって」
「そうかな?」
「そうだよ」
「そっか、じゃあみんなに訊いてみようか。二年二組の小野寺――」
「やめろって、叫ぶなって!」
またとんでもないことを言い出しかけた水無瀬を俺は慌てて止める。
思っていたよりもヤバいやつと俺は関わってしまったらしい。
「誰だってブラが透けてる女の子がいたら凝視するんでしょ。だったら別にいいじゃない?」
「俺が悪かった。だから大声を出すのだけはやめてくれ」
両手を合わせて頭を下げると、軽やかな笑みが水無瀬の口から漏れた。
「いいけど、だったらわかってるよね?」
「……水無瀬の部に入れってことか?」
「その通り!」
片手を腰に当てて俺のことをまたもやビシッと指さしてくる。
にっこり微笑むその表情はかわいくて、胸が密かに高鳴るけれど、高二になってから部に入るというのはどうにも気が進まない。人間関係はとっくに出来上がっているだろうし、そもそもなにをする部なのかもまだ教えてもらえていないし。
そうして微かに逡巡していると、
「とにかく行くよ!」
水無瀬に強引に腕を掴まれてしまった。
「自分で歩けるから」
どこかの囚人が言いそうなセリフを口にしながら俺は仕方なく歩を進めるのだった。
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