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第1章 ようこそキボウ部へ(4)
そんなことを考えながら、自分のスマホでツイッターのアプリを起動させて受け取ったIDとパスワードを入力するが、
「なっ、なんだよ、これ?」
すぐに表示されたアカウントを見て俺は思わず絶句してしまった。
『今日の鹿児島市はいい天気になりそうです』
『明日は曇るでしょう』
『週末は雨が降る日があるようです』
並んでいたのはそんな投稿の数々。これじゃあ天気予報ボットと変わらない。
画面をスクロールさせてフォロワー数を確かめると、そこにあった数字は三。
たぶん水無瀬と来栖の個人アカウントとあともう一人はよくわからないけど、「明瑛高校気象予報部」ってアカウント名の高校になにかを期待したどこかのおっさん。
「どうしたの?」
あまりに酷いツイッター運用に愕然としている俺に水無瀬が小首を傾げる。
「どうしたもなにもないぞ。活動実績をつくるためにこのアカウントをつくったんだよな?」
「そうだけど、なにも変なこと投稿してないでしょ?」
「してないのが問題なんだよ。こんなくだらないことを書きこむ暇があるなら、自撮り写真でもアップしろよ」
「えーっ、それじゃいくらでもあるただの女の子のアカウントと変わらないじゃない」
「それでいいんだよ。世の中のおっさんたちは女子高生の写真を見たいの!」
「うわ……。さっきもそんな目でわたしのブラを見てたんだ?」
「違うから! 俺はおっさんじゃないから!」
「ほんとに?」
両腕で身体を抱きながらジト目を向けてくる水無瀬。嫌悪感を滲ませてくることにイラっとするけど、いまはそれどころじゃない。
「とにかく、俺を広報係にしたからにはビシバシ行くからな」
「えっ、一真って意外と熱血系なの?」
「そんなつもりはないけど、やるからには俺はしっかりやりたいんだよ」
「へえ、小説もマンガも動画配信も中途半端なのに?」
「うっ……」
痛いところを突かれて俺は胸を手で押さえる。
わかってるんだよ、俺が中途半端だってことは。
はじめはなんにしたってやり遂げてやるって思ってるんだよ。でもちょっとうまくいかなくなるとやめたくなるんだよな。
理由は……たぶん最後までやって失敗するのが怖いから。
途中でやめればうまくいったのかいかなかったのか、うやむやなままにできる。
だけどツイッターの運用ぐらいならそんな余計なことなんて考えずにやれる、はず。
だから俺は水無瀬の目を見据えて目標を口にする。
「夏休みまでにツイッターのフォロワーを一〇〇〇人にする。そのためにやれることは全部やるからな。覚悟しろよ」
「まあやる気があるのはありがたいけど、でもこのアカウントは学校にも報告してるし、やらしいのはダメだからね?」
「安心しろ。そんな邪道には頼らない。俺は小説を書いていたころにネットに投稿していたこともあるからな。そのときにツイッターの運用方法については学んだからだいじょうぶだ。大船に乗ったつもりで俺に任せろ」
大口をたたいた俺に水無瀬はぽかんと口を開ける。
来栖はどうとでもいいと思っているのか、ノートPCにずっと顔を向けたままでなにやら手を動かしている。
二人から声が返ってこないことに不安になり始めたころ、
「船に乗ってって、前に話してた合宿の話でもしてるのかなあ?」
部室の扉が開いて新田萌佳先生が入ってきた。
この学校が初任地の若い先生で男子生徒からの人気も高い。ちなみに担当は英語で、俺のクラスも受け持っている。
「ううん、違うよ、モカちゃん。一真が入部してくれて広報担当を引き受けてくれたんだけど、なんか派手なことをするんだって」
「派手なこととは言ってないだろ」
「そっかあ。なんにしても部室がにぎやかになるのはいいことだねえ」
授業をするときと変わらぬおっとりとした口調で新田先生。
「ていうか、先生はなんでここにいるんですか?」
「モカちゃんはキボウ部の顧問だからに決まってるじゃない」
あきれ顔を浮かべる水無瀬だが、俺はそんな話まったく聞いていない。
「ていうか普段はどんな活動をしてるんだよ?」
「いつもは気象予報士試験の勉強をしたり、あとはもちろん毎日の天気予報もしてるよ。さっきツイッター見たでしょ」
「見たけど、あんな晴れるとか曇るだとかだけ言われても興味は持ってもらえないだろ」
「えーっ、だったら一真がなんかかっこよく書いてよ。広報担当になったんだし」
「そうは言われてもな……。俺は気象予報になんて興味はなかったし、いきなり言われても困る」
「さっきはあんなに自信満々だったのに? 大船に乗ったつもりでいろとか言ってたのに?」
水無瀬は腕を組んで煽るような視線を向けてくる。
人を無理やり入部させておいてまったくふてぶてしい態度だ。
しかしどうしたもんかね……。このままじゃツイッターを続けてても意味はない。
なにか取っ掛かりみたいなのがあればアイデアも湧くんだろうけど。
「気象台に行ってみればいいんじゃないかなあ?」
ポンと手をたたいて言ったのは新田先生。
「気象台ですか?」
「うん、鹿児島地方気象台だよ。気象予報の現場を見たら小野寺くんもなんとなくイメージがつかめると思うんだよねえ」
「なるほど……。実際にどんなことをするのかを見るのはたしかに手っ取り早いかもしれないですね」
「うん、いいね。麻帆がやってるのも気象予報なんだけど、実際の観測なんかは見たことないし、わたしも気象台には行ってみたかったんだよ」
「じゃあ今週末に行くって連絡しておくねえ」
新田先生はスマホを取り出すとメッセージアプリを開いてメッセージを打ち込み始める。
どうして英語の先生が気象予報部の顧問をしているんだろうと思っていけど、気象台に伝手があるからなのか。
「麻帆は週末、だいじょうぶ?」
「問題ない。自分も気象台には行ってみたいと思っていたから望むところだ」
抑揚の少ないトーンで水無瀬に返す来栖。ちょっとそのセリフの使い方は間違っているような気がしなくもないなんて思っていると、水無瀬はこちらに顔を向けてきた。
「一真も週末の予定はないよね?」
「いや、勝手に決めつけんなよ」
「見栄を張ろうとしてもダメだよ。どうせなにもないんでしょ?」
「……まあないけど」
唇を尖らせて答えた俺に、にかっと笑う水無瀬。ほんとに強引なやつだ。
「部員も増えたし、活動の予定もできたし、これでキボウ部は安泰だね!」
外の雨はいつの間にかやんでいた。
オレンジ色の日が部室の中に射しこんできて、心底満足そうな水無瀬の顔を穏やかに照らしていた。
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