今日の京都はぬらりひょんの手のひらで

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 はやての姿が見えなくなったのを確認し、真楽たちは静寂に包まれた時間を楽しむ。  耳を済ませば聞こえてくるのは鈴虫の鳴き声だ。  二人はそれを肴に、いつの間にか運ばれていた酒に手を伸ばす。互いのお猪口に入れ、カチンと合わせた。   月は出ていなくとも、夜風と雪だけで雅を覚える。二人は互いにそう告げた。  やがて、ぬらりひょんが我先にと口を開く。 『……のお、真楽よ。お前さんの話を聞いて、ちと疑問に思った事があったんじゃが』  より淡々と。それでいて、耳に残る音吐だ。 『お前が呪いにかかったのはいつじゃったか?』 「うん? さっき謂うたやん。十二歳の刻やて」    もうボケたのかと、少しばかりのおちょくりを入れる。しかしぬらりひょんは大人の姿勢を崩さず、含みのある声で対応した。 『それは今から何年前の事じゃ?』    真剣そのものの返答に、真楽は空気を読んで笑いを止める。首の後ろを掻いて、えっとと考えこんだ。指を一歩ずつ折ってはしっかりと数えてみた。 「そやね……二十二年前ちゃう? 多分もうすぐ二十三年やと思うけど。でも、急にどないしたんや?」 『…………』  ぬらりひょんは無言を貫く。真楽の顔を視ては顎に手を当てて耽り、ぶつぶつと呟き始めた。 「……?」  ぬらりひょんの意図が全く読めない真楽は、ただ老人が語り出すのを待つしかない。それでもぬらりひょんは口を割ることなく、頭を掻いては空を仰ぎ見ていた。やがて観念した様子で大息(たいそく)する。 嘆声(たんせい)を交えた瞳は哀しげに細められ、唇はきつくしめられていた。 「ちょっ……どないしたん!?」  ぬらりひょんという大妖怪の意外な姿に、真楽は仰天する。それでも何があったかを聞き出す分には余裕があるらしく、真楽は教えてほしいと懇願した。  ぬらりひょんは意を決意した様子で眉を寄せる。 『ワシの呪縛が解けたのは二十二年前。そしてお前がその眼を手にしたのも二十二年前。それに……』    廊下の奥へと視線をやった。そこには暗黒だけが広がっている。 『あの子が生まれたのも二十二年前じゃ』 「……っ!?」  はやての誕生日は夏で、今年二十二歳になった。一見すると極当たり前の祝いごとではある。しかし、ぬらりひょんと真楽の呪いが重なったのも事実ではあった。  ぬらりひょんは真楽へと向き直る。はやてについてのとある事実を語った。 『あの子は、物心ついた刻には既に強力な術を使えておった。ワシはおろか、息子も教えた事がないのに。じゃ』
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