今日の京都はぬらりひょんの手のひらで

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 あやかしは美しい鈴虫のような音色を奏でながら、庭に積もる雪をいじっては遊んでいる。   『カッカッカッ。鈴虫たちを守ってくれておる、この寺の神様じゃ。害はないから心配せんでもええ』  ぬらりひょんは慣れた様子で巨大な鈴虫へと頭を下げた。どうやらぬらりひょんにとって、このあやかしは敬意を払うまでの存在のよう。  数秒後、頭を上げて踵を返した。 「うん? もう、寝るんか?」  浴衣の袖に忍ばせていたスマホを見れば、二十二時三十分となっている。大人の時間はこれからではないかと、酒を飲む仕草をした。  するとぬらりひょんは首を縦にはふらず、暗闇に染まった廊下へと視線をやる。 『孫と一緒に寝る約束しとるでのお。ワシの姿が見当たらなくて、また起きてきてしまうやもしれん』  真楽よりもはやて。地球が滅んでも孫優先だと、爺馬鹿ぶりを発揮した。  真楽は心底脱力し、から笑いをする。あやかしをまとめる存在でもあるぬらりひょんを腑抜けにし、溶けさせたはやては凄いと褒め称えた。 『何とでも謂うがよいわ』  ぬらりひょんは音を立てず、廊下の奥へと身を預ける。ふと、背中だけが辛うじて視える位置で立ち止まった。 『おお、そうじゃった。肝心な事を謂い忘れとったわい。お前さんに預けたあの空飛ぶ城じゃがな……』 「うん? ああ、あの大阪城モドキか。あれ、便利なようで不便やね。ある程度移動する道順は絞れたんやけど、それでもランダムなんは健在やし」   常に上空を飛び回る大阪城に似た城は真楽だけでなく、はやても仮住まいとしている。絡新婦と対峙した刻は活躍したものの、それ以降は寝泊まりするだけの宿代わりになっていた。  そんな城に何があるのかと、真楽はあくびを乗せて問う。 『……はやてに聞いたが、()はお前さんが主になっておるそうじゃな?』 「うん? ああ、まあな。城の連中にしつこく頼まれたんや。それがどないしたん?」 『どうしたもこうしたも……先代はどうした?』  真楽が主として君臨する前にいた者の行方を知りたいと、真剣な声が廊下に響いた。   しかし真楽は知らないようで、首を左右に振る。 『…………』  真楽の反応を視、ぬらりひょんは沈黙したまま暗黒の中へと姿を消していった。 「……何やの、あれは」  置いてきぼりを食らった真楽はくしゃみとともに、ぬらりひょんが消えた反対の方角へと歩いていく。  凍える寒さが肌に刺さる冬の夜だったが、真楽の心はいつもよりも晴れ渡っていた。
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