アークから見たお話

1/1
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

アークから見たお話

「申し訳ありません、旦那様ぁ」  わぁぁ。泣かないで、セイラ。君が悪いんじゃないんだから、ね?  荷物の入ったリュックを背負った僕は、おろおろとセイラの周りをうろついた。  引っ越しとはいっても追放だから、荷物は必要最低限のものだけ。リュック一つで十分だ。  でもセイラはそれが余計に僕が可哀想だと言って泣くから、すごく困る。  参ったなぁ。彼女の涙には弱いんだよ。涙だけじゃなくて、彼女には何もかも弱いんだけど。  ちょっと野暮ったい黒縁眼鏡も、三つ編みの黒髪も。華奢で小柄なのに、おっぱい大きいとこも。健気でどんなことにも一生懸命な性格も。  全部全部好みで可愛くて、弱いんだ。 「旦那様だって悪くありません。なのに、なのに魔の森に追放だなんて」  だから僕が悪いんだって。全部僕の我儘だったんだって言ったじゃないか。  追放だってむしろ嬉しいくらい。魔の森なんて願ったりさ。 「魔物が溢れかえる魔の森ですよ。実質、死刑宣告じゃありませんか」  問題ないよ。確かに普通の人なら嫌がる魔の森だけどさ、僕の研究は魔物だし。研究し放題さ。 「文献や冒険者たちが提供したサンプルの研究とはわけが違います。生きた魔物ですよ。お怪我でもなさったら……いいえ、命だって危ないのですよ」  ごめん。うん。そうだね。怖いよね。だからさ。セイラは帰っていいんだよ。僕に付き合わなくていいんだ……って、うわぁ、なんでまた泣くの。 「帰っていいって……わ、私は邪魔ですか」  そんなわけないよ! むしろセイラがいないと僕は駄目っていうか、い、嫌っていうか……あの、その。  僕は胸の前で、もじもじと指をこねくりまわした。  うー。はっきり言わなきゃって思うんだけど、勇気が出ない。  だってさ。アーク()は誰からも嫌われてる。例外は両親とココとセイラだけ。あ、最近だとヒイロもか。 『うじうじ苛つくわね、このヘタレ』  ああ。冷たいココの声が脳内に甦る。 『セイラちゃん、どう見てもお前に好感度マックスなんだから、ちゃんと言えよ』  ヒイロの声も甦った。  好感度マックスはヒイロの勘違いだけど。 『言わなきゃ伝わんないしさ。死んだら言うことも出来ないんだぜ、阿久津。俺たちはそれをよーく分かってるだろ』  うん。そうだね。分かってるよ、緋色。一度死んだ僕らだもの。  緋色悠(ひいろゆう)と僕、阿久津零(あくつれい)は、前世でオタク仲間だった。  同じオタクでも性格は反対。オープンで陽キャの緋色と、引っ込み思案で陰キャの僕。好みの女の子(二次元)だって、緋色は少し気の強いツンデレ美少女派で、僕は地味で大人しい眼鏡っ娘。  あの日も推しの女の子について、どっちがより尊いかを言い合ってたんだよね。だから二人して突っ込んできたトラックに気づくのが遅れて。  気がついたら、悪役令息のアークに転生してたってわけ。  いやびっくりしたよ。前世の記憶が戻ったのが、ドラゴン討伐イベントの真っただ中だったんだもん。  ドラゴン討伐イベントは、婚約破棄&断罪イベントに繋がる、アークがヒイロの殺人未遂を疑われたやつね。  その日の授業は召喚魔法だったんだけど。召喚魔法って誰にでも適正がないから、形だけの実技をやるだけのはずだったんだ。だけどアークは成功しちゃっただけでなく、この世界で伝説の破壊竜を召喚しちゃったんだよね。  あ、イベントがどうのっていうのは分かりやすい名前をつけただけで、別にこの世界は小説やゲームの世界ってわけじゃないよ。単なる異世界。  まあとにかく、驚いたってなんの。いきなりもう一つの人生が、ぶわーっと頭の中に流れるんだもん。  全部思い出した後、頭がぼーっとしちゃって。つい、「うわ。生ドラゴン」って呟いたら。隣で同じように呆然としてたヒイロが「だよな。迫力パネェ」って言ったんだよ。 「は? 今、生ドラゴンっつった?」 「パネェ?」  パネェなんて言葉はこの世界にない。生ドラゴンだって、聞いたことない。日本でなら聞いたことがあるけど。  ギャオオオオオオオオン! ドラゴンが吼えた。空気がびりびり震えて、肌が泡立つ。  咆哮に威圧か何かの効果があったのかな。それとも単に腰が抜けただけだったのか。会場にいた先生・生徒、皆気絶してしまった。  穏やかで争いが嫌いなセイラはもちろん、あの冷静で気丈なココさえも。  青い顔をした二人を見た瞬間、僕は決意を固め、ヒイロの顔つきが変わった。  アークの見た目や陰気な性格を気にしないで友達でいてくれる二人。大切な二人を絶対に守らなきゃ。 「それより今はドラゴン!」 「えーと、こういう時の定番。ステータスオープン! おおっスゲー。ほんとに出た!」 「僕も出た。あ! スキルに魔物の使役がある」 「俺の方は聖剣召喚のスキル! よし、俺がスキルで倒すから、その間ドラゴンの動きを止めてくれ」  二度目のびっくり。僕らのステータスは規格外だった。  二人でギャーギャー言いつつドラゴン倒して。名乗り合って。  ヒイロが緋色だったって分かった時は、笑っちゃいそうになったっていうか、笑っちゃったよ。  丁度破壊竜の威圧が解けて、皆が目を覚ましたのが笑ってるときで。すごい気味悪がられちゃった。  うん。分かるよ。アークの笑いって見た目邪悪だもんね。僕も鏡で確認してゾッとしたもん。そりゃ誤解されるよね。  アーク本人、めっちゃ善人なんだけどなー。  嫌がらせと噂の捏造だってさ。  ほら、アークってこんな見た目だし、陰気だし、人見知りだからさ。友達ってココとセイラくらいしかいなかったんだ。  ココだってつんけんした見た目と態度と肩書のせいで、アークとセイラしか友達はいなかった。そのココが珍しくヒイロに心を開いたもんだから。アークは気になっちゃってずっと観察してたんだけど。アークは自分の目つきの悪さを忘れてたっていうか、自覚がないっていうか。  ヒイロのことが知りたくて、身辺調査もさせてたのも良くなかった。身辺調査担当の従者が勝手に変な風に気を回して、ヒイロの悪口をあることないこと広げちゃったんだよね。  伯爵家としても、王女殿下に気に入られたヒイロは邪魔者でしかなかったわけだし。「げへへ。言われなくても分かってますよ」なんてもみ手してる時点で怪しさ満載だったんだけど。  アークは他人を疑うってことを知らないからさ。頭いいはずなのに、馬鹿だよね。  そのまま婚約破棄&断罪イベントにまっしぐら。今に至るってわけ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!