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ヒイロから見たお話
本当にこれで良かったのか?
ココ王女の隣で、阿久津とセイラの二人を見送りながら俺は言った。
「当り前よ。元々貴方のことがなくても、アークを解放してあげるつもりだったのだから」
そっか。
言いたいことはいっぱいあるのに。一言しか出てこない。
俺はいつも通りにへらへら笑うしかなかった。
転生ってさ。前世思い出すタイミング、結構人それぞれじゃん。まぁ、漫画とかの知識だから、実際は違うかもだけど。
俺が前世思い出したのは、人気のない裏庭で泣いてたココ王女を見た時だった。
なんかピシャアアァンってさ。一目ぼれと、前世の記憶とが両方きちまった。
ココ王女に見とれてぼーっとしたのか、前世思い出した衝撃でぼーっとしたのか。正直、分かんなかったね。
だって気の強いツンデレ美少女だぜ。前世の俺の推しじゃん。今の俺の好みでもある。二次元じゃない、三次元に推しが存在するなんて最高。そりゃ惚れるだろ。惚れるしかないだろ。
そんでもって推しが辛そうに泣いてたら、全力で慰めたくなるだろ。応援するだろ。
だから言った。俺を利用しろって。
嫌がらせと悪い噂の捏造だけじゃ弱い。近く召喚魔法の実技があるから、一芝居うたないか、って提案したのも俺だ。
全部俺だ。それがココ王女の願いで、彼女のためだと思った。
出発前、ヘタレのアークにはセイラに告白するよう、釘だって刺しておいた。これであの二人はハッピーエンド……のはず。そうじゃなきゃ怒るぞ、阿久津。
アークが前世の俺の親友、阿久津だと分かったのは、俺の殺人未遂事件でっちあげ中だった。
召喚魔法の授業の時わざとアークの隣に陣取って、あいつの呪文に俺の呪文をかぶせ、魔法陣を書き換えてやった。単なる小動物の召喚魔法を、下級魔物の召喚魔法にな。
自慢じゃないが、俺は剣も魔法も成績優秀だ。下級魔物くらいなら余裕で倒せる。
でも。呪文をかぶせたせいか。魔法陣の書き換えを失敗したのか。召喚されたのは、伝説の破壊竜なんてとんでもない化け物だった。
生で見るモノホンのドラゴンなんて、迫力満点なんてもんじゃねーよ。ちびるわ。
「うわ。生ドラゴン」
だよな。迫力パネェ。
……ん?
「は? 今、生ドラゴンっつった?」
「パネェ?」
ギャオオオオオオオオン! ドラゴンが吼えた。うわっ、空気がびりびり震えてやがる。ドラゴン、マジパネェ。
俺の膝も震える。でもビビってる場合じゃねー!
皆気絶しちまった。
こんなもん召喚しちまったのは俺だ。しっかりしろ。皆を、ココ王女を守れ。
「それより今はドラゴン!」
「えーと、こういう時の定番。ステータスオープン! おおっスゲー。ほんとに出た!」
「僕も出た。あ! スキルに魔物の使役がある」
「俺の方は聖剣召喚のスキル! よし、俺がスキルで倒すから、その間ドラゴンの動きを止めてくれ」
結果は、笑っちまうくらい瞬殺だった。アークが止まれっつったらぴたっと動きが止まって、そこに俺の聖剣がずどーん。はい終わり。
「はああああ? お前、阿久津!?」
「うそっ、緋色なの?」
はああああああ? ふざけんなよ。どーなってんだよ。
あのアークがまさかの阿久津だと。
っつーかステータスえぐっ!!
「いやいや。緋色のステータスも大概だよ。うわぁ、すごい。勇者なんだ。イケメンだし、いいなぁ」
いや、俺はお前に驚きだよ。何でそんなことになってんだよ。
おい、コラ、ここに座れ。説明しろ。
「はいっ」
素直に正座した阿久津から全部聞いた俺は、額を押さえたね。
いやもう、マジで頭痛かったわ。
なんか俺の変な噂が流れてるし。脅迫文届いたし。下駄箱に動物の死体が入ってた時は超ビビってたし、超ムカついたっつーのに。
なんだよもう。全部勘違いだし。
まあ、あのココ王女が惚れた相手だし。
落とし物を拾って、落とし主を恐怖のどん底に叩き落としてたとことか。
木から降りられなくなった猫を助けて、猫にひっかかれて血塗れになって笑ってて、やっぱり周りを震え上がらせてたとことか。
見てて、こいつ実はいいやつなんだってことは分かってたけどよ。
その見た目の、のほほん、へにゃへにゃした笑顔が余計に不気味なんだよ。そりゃ勘違いするわ。邪悪すぎんだよ。
「ごめん。あの、それで緋色。お願いがあるんだけど」
分かってるって。その上目遣いやめろ。怖いから。
そのまま婚約破棄&断罪を続行。アークはココ王女の気持ちを知らないまま、追放された。ココ王女は好きな男と友人、二人ともを見送ることになった。
視線を感じて隣を見ると、ココ王女が潤んだ瞳で俺を見上げている。
まだ、俺の前でも涙を我慢するんだな。
それを寂しく思いながら、俺は笑った。
嫌だったら払いのけて。
一言声をかけてから、俺はココ王女の細い肩をそっと引き寄せた。
「なっ、何をするの」
俺たち一応は婚約者だしさ。肩でも胸でも貸すから、こんな時くらい泣けよ。
怒られてもいい。俺にビンタでもくらわしたらいい。それで気持ちが晴れてほしい。
「誰が貴方の肩なんかに」
うん。アークじゃなくてごめんな。
俺が謝ると。気が強くて、意地っ張りで、誇り高くて、でも寂しがり屋のココ王女が、ぽろりと涙をこぼした。
気位の高いココ王女は、涙を見せるのが嫌だったんだろう。俺の胸に顔をうずめて隠す。
「……こんな時に優しくしないで」
するよ。うんと優しくする。
「えっ?」
なんたって君は俺の理想の推しだからさ。あ、推しってのは二次元な!
にーっと笑って。大げさに肩をすくめてちゃらけてみせる。
馬鹿だな、俺。誤魔化さないで、好きって言っちまえばいいのに。でもこうやってちゃらちゃらしてた方が、笑ってくれるんだよ。
「ふふっ」
ほらな。笑ってくれた。うん。やっぱココ王女は笑顔の方がいい。スゲー可愛い。
だから俺は道化でいい。
ココは王女殿下だ。結婚する相手はそれなりの地位にいる相手。俺みたいな平民はお呼びじゃない。
しばらく表向きの恋人役やって。側で支えて。正式な婚約者が決まるまでの代役を務めるだけ。
『緋色も。遠慮しないでね、ちゃんと言わなきゃ駄目だよ』
ドラゴンを倒してから。阿久津にお願いされて、芝居続行してやるって約束した後の。阿久津の真っ直ぐな言葉と目が頭をよぎった。
『ぼ、僕、頑張るから。頑張って告白してみるから。だから緋色も。一回、周りのこととか考えないで、告白して。フラれたら、残念会開こうよ。僕、付き合うから。もし、上手くいって、それで周りがごちゃごちゃ言ったらさ、その時は』
阿久津がにやりと笑った。
『世界の半分をやろうって、国王陛下を脅しに行ってあげる』
ぶっ。それやべーやつじゃん。破滅するやつじゃん。
つーかアークの顔でそれやると、説得力パネェ。
あー、あいつの冗談思い出したら、なんかあほらしくなってきた。
パン!
俺は両手で自分の頬を叩いた。
「ヒイロ!?」
驚いて俺の頬に手を伸ばしてくるココの手を捕まえる。
今だけは、ちゃらけた笑顔も何もなしだ。
ココ。君がアークの事を好きなのは知ってる。でも俺、ココのこと好きだからさ。アークのこと忘れて、いつか振り向いてくれるまで側にいる。
いや。振り向いてくれなくてもいいから。
側に、いさせてくれないか。
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