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「紅葉が僕を愛してくれているのなら、死ねるよ」
しかし、吐き出したはずの僕の言葉は形になる前に霧散に消えていった。
全身を衝撃が駆け抜けて、紅葉に殺されたのだと分かった。
それから、これまでの人生の走馬灯が流れていった。
どうしようもない人生だった。
兄は僕を愛して、愛するが故に彼は僕を支配下に置こうとしていた。
それをほんの少し、煩わしく思うようになったのはいつからだっただろうか。
僕が好きになった女の子たちはみんな雪の方を好きになる。
身体が弱いからと説得されて、学校を休んだ次の日にはいつだって、僕の居場所は雪のものになっていった。
やがて僕は学校に行かなくなった。
雪さえいればあの世界はうまく循環していくのだと気付いてしまったのだ。
どんどんどんどん世界が狭まり、境界線がじわじわと小さくなっていく。
僕のテリトリーが侵食されて、窮屈さに呼吸もままならない。
そんな僕に残ったのは雪だけだった。
雪だけに向けられた扉しか、僕の元には残らなかった。
ある日、閉鎖的な僕の空間に一筋の光が差し込まれた。
それが紅葉だった。
彼女を一目見た瞬間、僕は目の前が開けた。
窒息しかけた僕の世界に、彼女が舞い込んできたのだ。
けれど最後は結局、紅葉も雪のことを好きになった。
雪からストーカーの存在に悩まされていると聞いたとき、それも相手が僕の恋の相手であると言われたとき、僕の心は張り裂けた。
ちっぽけな世界は呆気なく消え去った。
それでも、雪のことも紅葉のことも嫌いになんかなれなくて。
世界を広げていけるかもしれない、という高揚感に身が浮かれて。
だから、雪が僕を殺そうとしたそのとき。
僕は「生きていたい」と思ってしまったんだ。
それから、僕が反対に雪を殺した。
本能的な正当防衛であったのかもしれない。
僕の世界の全てを失うより、一人だけが世界から消えてしまう方がまだマシに思えた。合理的だと判断した。
だって扉は二つになっていたんだから。
それに、その頃の雪は随分と痩せ細っていて。
ほとんど何も食べていなかったから僕よりもずっとずーっと弱っちくって、惨めで、可哀想で。
きっと彼にとっても正解だったんだって信じることにした。
そのあと、死体を入れた袋を持った僕は公園で紅葉と再会した。
君の手が雪を埋めてくれた瞬間、全てが許されたのだと確信した。
君と僕はやっぱり運命の相手なんだって、無邪気にも喜んだ。
――――それなのに。
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