暈夜ける

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暈夜ける

街頭一つ無い道を、肩が触れるか触れないかの距離で歩く。雲隙間から覗く十六夜の月灯りが、二人の背中を押して、地上に無責任な影を生んだ。 少女はお気に入りの鼻唄を口遊む。少年は少女にかけるべき言葉を模索する。霞む空気の真ん中で、少年少女は息をする。 「君は、あの月を見て何を想う?」 急停止した少女は人差し指をぴんと夜空に伸ばして、少年の横顔を一瞥する。少女の深い上眼瞼が、何かを求めていること、それは、少女と付き合いの長い少年には一目瞭然だった。少年は鼻をすんと鳴らして、「綺麗だと想うよ」と少女の問いに答えた。 少女は俯いて、語りを始める。少年は黙って耳を傾ける。虫や草木は死んだふりをして夜を過ごす。少年は、そんな時間が一番好きだった。 「そうだね。私もそう想う。だけどさ、月は私を見て、同じことを想えるのかな。もしかしたら、月からでは、こんなに小さな私は探し見つけることすらできないかもしれない」少女の語尾が、段々と夜の帳に沈んでいく。「私はそれがとても寂しい。でも、寂しく想うのは、私が月に期待をし過ぎているからなんだ。三十八万キロメートル先から、あんなに大きくて魅力的な月が私を確実に見つけてくれる約束なんて、私が結んだ覚えはないから。自惚れることは苦手なの。だから私は、月に何も求めない」 「じゃあ君は、孤独だ」少年は焦った。孤独が恐ろしいものだと、少年は知っているから。孤独は夜に発生する。孤独は静寂に発生する。孤独は愛しさに発生する。孤独の発生とは、その反対側に位置する全てが誘因だと、少年は痛いほど知っている。 「そう。孤独だよ。でも、私は幸せなんだ。月を見て美しいと想える、それが決して、月と相互的に想い合えなかったとしても、何一つ大切なことが届かなかったとしても、私は月を見つけていられるもの。月は、それすら許されないほどに、探さなくてはいけないものが多い存在だからね」 途端、少女が駆け出して、数歩先で振り返る。追いかけたいのに、脚に力が入らなかった。少年はこんな時ですら怯えている自分が嫌いだった。少女はそんな少年を見て、笑っていた。その笑顔すら、壊したいほど、少年は少女を愛しているというのに。 「いつか私を見つけてね」 躊躇いと理想の狭間で踊る少女は、何よりも美しく見えた。寒風で揺れる木々の音は、まるでオーケストラみたいだ。砂埃が目に入って、一瞬だけ少女から目を離した。世界から少女がいなくなってしまう気がして、少年は閉じた瞼のまま、甘くて柔い香りのする方へ、真っ直ぐに走った。「君の孤独を、僕が照らせたら」。少年が少女にかけるべき言葉を見つけた瞬間だった。それを伝えられるかは、未だにわからないままだけれど
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