散文的で、茉莉花みたいで、未だに世界は彩やかなままで

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ

散文的で、茉莉花みたいで、未だに世界は彩やかなままで

僕とシェリーは対面している。二人は仮漆が塗られた檜製の椅子に腰を下ろしている。互いの足元には、深緑色の芝が生い茂っている。 彼女の隣で羽を休める蒼鷺になりたいと切に願う。僕と彼女の間には、空気で出来た薄硝子が一枚隔ててある。僕の後頭部を、フラミンゴが嘴で突いた。気づけば此処は、既に夜を迎えている。 「ねえ、シェリー。どうすれば、僕の想いは君に届くのかな。例え話は好きかい。君は僕にとって、乾燥した喉を通る飲料水で、目覚めたての身体を包む柔らかな毛布で、汗ばむ肌を撫ぜる強い風で、夜星に並ぶ座れそうなほど大きい三日月で、日記で、幼少期に集めていたシール帳で、雑踏の片隅で欠伸をする猫なんだ。シェリー。どうしてこれでも伝わらないの。シェリー、僕は君が」 シェリーはゆっくりと首を横に振った。これ以上、言葉はいらないと、言葉を使わずに僕へ言った。目頭が温度を高め、水滴が淵に残る。 彼女の甘い髪を、心地良い微風がひゅうひゅうと吹き梳かす。長い睫毛に挟まれた瞳が、僕の影を映して瞬きを重ねる。輪郭が少しずつ暈け、彼女を見失いそうになる。僕にはそれだけが恐かった。 椅子から背中を剥がし、僕は、彼女に隠れて育てた茉莉花を摘みにいく。これを渡せば、きっと喜ぶだろう。そう信じて、新鮮な、若い、嘘偽りのない花をシェリーへ届ける。でもそれは、シェリーが触れた瞬間に朽ちて、セピア色の屑に変身して、彼女の白い指の隙間から零れ落ちていった。僕は台詞を失う。彼女は僕に頭を下げる。 「君が悪いんじゃない。僕が間違え続けているんだ」 僕はシェリーの腕を掴み、プリザーブド液が溜まって生まれた川へと連れ出した。二人並んだ姿が、川の表面に揺れ映る。写真のように、それは明瞭で、儚いものだった。僕はそこに、再び摘んだ茉莉花を落す。一度溺れた花が、ゆっくりと水面に浮き上がる。僕はそれを丁寧に掬い上げ、シェリーに渡した。花は、原形を留めたまま、シェリーの手元に残っている。 「僕には、こうすることしかできないから」 ねえ、シェリー。君は僕の幸福を笑うかい。君ならそんなこと、あるはずがないだろう。僕の夜は、いつだって君のものだから。隣でシェリーが微笑んでいる。僕にはそれだけで、十分なのだ。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!