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「時間調べておいたんだ。丁度いいね」
映画館に着くと慣れた様子で受付に向かう。映画はDVDで観る事ばかりで、それこそ最後に映画館に来たのはこの映画の前作を観た時だ。
「今日は彼氏の俺に任せなさい」
藤宮はそう言って財布を出そうとする私の手を押さえて笑った。
「あ……りがと」
こんなに手慣れた初デートがあるのだろうか。私は藤宮の後ろに写メで見たユウ君の顔ばかり浮かんで「大人の恋」的なものを妄想した。
映画館は思った以上に密着していて、ジュースとかポップコーンを取る度に藤宮に軽く触れた。
前は友達と数人で観に来て、肌が触れる事なんて何とも思わなかったのに、早くもデートの洗礼を受ける。
『初デート 映画は良いが 肌触れる』
テレビに出ている俳句の先生に聞かれたら、めっちゃ怒られそうなほど下手な俳句を一句、心の中で詠んでみた。
映画が終わって、ご飯を食べに行くことになった。
「早瀬は何食べたい? 」
ファミレスが最初に頭に浮かんだけど、頼んだメニューが来るまでの時間、何もせずにこの見た目の藤宮と向かい合っている事に耐えられなそうで、馴染みのハンバーガー屋さんに入った。
「面白かったねぇ。何かちょっと恋的なのも始まってて、成長感じちゃった」
「うん。俺もシリーズ全部観てるけど良かった。次はまた2年後くらいかなー」
「そうかもー。長いよねぇ……」
次も一緒に。と口を滑らせそうになったけど、きっと次はない。高校は卒業しているし、藤宮にはきっと新しい恋人がいる。もしかしたら私も。
私たちは恋に落ちない絶対的な壁がある。
「そうだ。1つ提案があるんだけど」
藤宮が少し悪戯に笑って私に問いかける。少し嫌な予感。
「提案? なぁに? コーラが飲みたいなら、そのコーヒーシェイクとナゲットと限定味のポテトを分けてくれるなら良いよ」
「違うし。てゆーか俺の方が差し出すものが多すぎないか? 」
「あはは。バレたか。はいコーラ」
「コーラは別に結構です。それと食べたいものは勝手に食べな」
「お主は海よりも広い心を持っておるな。きっと天国へいけるだろう」
私は遠慮なく限定ポテトに手を伸ばした。新しい味に手を出せないくせに、やっぱりひと口は食べてみたい。
「そろそろ本題いいですかね? 神様」
藤宮がヒーローインタビューの様にマイクを見立ててコーヒーシェイクを私に差し出す。
「ああ、はいはい。いいじゃろう」
コーヒーシェイクを遠慮なくもらって、どうぞと手のひらを藤宮に差し出した。
「デート中はお互い名前で呼び合わない? 」
「なっ名前? 」
「そう。下の名前」
「えー? えっ。本気で? 」
「うん。本気で」
「むっ無理無理無理無理! そんなの恥ずかしくて無理! 」
ひと口飲んだコーヒーシェイクの甘苦い余韻を感じる間もなく、震えが止まらなくなったみたいに手を永遠に振り続けて拒否をした。
「デート! 練習! だろ。じゃあ俺の事は理久って呼んで。ねっ有希」
藤宮はさらっとした顔をして、さらっと私の名前を呼んだ。藤宮として藤宮を見ていたから、理久として見たことはない。理久と呼んだらもう他人だ。いや、同一人物なんだけど。
「ゆっ……無理っ。そんな急に。下の名前で呼ばれた事ないし」
「確かに。何か早瀬って呼びやすいからなー。女の子もみんな早瀬、早瀬って呼ぶもんな」
「そうだよー。呼ばれるのだって照れるのに、藤宮を下の名前で呼ぶなんて無理無理! 」
「じゃあ尚更! 特別感があっていいだろ」
「いやー。無理無理! 」
「分かった。徐々にね。有希」
藤宮は何でもない様に私の名前を呼び続ける。1度恋人がいると、こんなにも恥ずかしげもなく人との距離を詰められるのだろうか。特別だなんて思っちゃ駄目なのに、心臓の音が弾けて大好きなコーラの様に甘く残る。コーヒーシェイクを飲んだことが間接キスだった事も全く気が付かなかった。
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