宇宙へ

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「寒くなって来たね。」 隣を歩く旦那がつぶやいた。 「そうね。星が綺麗。」 私は、空を見上げなら言う。 彼が足を止めて、空を見上げる。 「本当に綺麗だな。」 彼と私は、大学時代の同級生だ。 彼と同じサークルに入ったのがきっかけで、私たちは付き合い始めた。 そして、卒業して5年が経った頃に結婚した。 あれから38年。 2人の子どもに恵まれ、子ども達は、それぞれ独立し、家庭を持ち、時々、孫を連れて会いに来てくれる。 今はまた、35年ぶりの2人だけの生活を楽しんでいる。 晴れた日、私たちは日が暮れると散歩に出掛ける。 特に何を話すでもなく、お互いの気配を感じながら、ゆっくり歩く。 暑い日も寒い日も、その季節の星空を眺めながら。 彼と私が大学時代に入っていたサークルは、宇宙研究会というサークルだった。 私は、宇宙が特別好きなわけでもなかったが、プラネタリウムがとても好きだった。 彼は、宇宙に憧れ、その頃からいつか宇宙旅行に行くんだと言っていた。 プロポーズの言葉も、 「いつか僕と宇宙旅行に行こう。」 だった。 笑える。 「何それ?」 と言うと、彼は照れながら、 「一応、プロポーズなんだけど。」 そう言った。 「え〜!わかりにくい!」 私は、ゲラゲラ笑いながら、 「うん。行こう。宇宙旅行。いつかね、約束。」 そう答え、ダイヤモンドの付いた指輪を受け取った。 その頃は、宇宙旅行なんて夢のまた夢で、一般人が宇宙旅行に行ける時代が来るなんて想像も出来なかった。 およそ半世紀経って、夢は夢ではなくなっていた。 「君と一緒に宇宙旅行に行きたかったな。」 星空を見上げながら、彼が言った。 「あら、いいわね。」 私が呑気に言うと、彼は困ったように笑い、 「ちょっとそこまでみたいに言わないでよ。」 そう言って私を優しく見た。 出会って、約半世紀。その優しい目はずっと変わらない。 彼も私も、今年、定年退職する。 長くて短い。 人生って、そんなものなのかもしれない。 「だって、今の時代、一般人でも宇宙に行けるのよ。」 私がそう言うと、彼は肩をすくめて、 「お金があればね。」 そう言って、少し寂しそうに笑った。 「行けるわよ。私たちも。」 彼を見て、私が真剣に言うと、 「おいおい。どこにそんなお金が?」 彼はまじめに取り合わない。 私は1枚の紙を出し、 「一緒に宇宙旅行に行こう。」 彼に紙を手渡しながら言った。 彼は、受け取った紙を読み、手を振るわせながら、 「これって…。」 それ以上、言葉が出てこない。 私はニヤニヤ笑いながら言った。 「そうよ。誘ってるんだけど。」 私は、混乱している彼に、続けて言った。 「だって、約束したでしょ?いつか一緒に宇宙旅行に行こうって。あの日から、ずっとお金を貯めて来たの。この日のために。」 彼は、目を白黒させながら言った。 「相当な金額だよ。」 「ふふふ。そうね。あなたも私も頑張ったから。」 彼は、信じられないと言うように、手に握った紙を見つめる。 「38年前の今日、あなたとした約束が守れてよかった。」 私がそう言うと、彼は首を捻り、少し考えて、 「いつか一緒に宇宙旅行に行こう。そうか、今日は、あのプロポーズをした日か。」 そう言った。 「そうよ。私は、あの日、あなたに一緒に行こうと約束したのよ。」 彼は、やっと現実味が出てきたようで、 「行けるんだね。僕たち。」 信じられないというように私を見た。 「そうよ。行けるのよ。」 彼は、目を輝かせ、ありがとうと言いながら、私を抱きしめた。 「もう。恥ずかしいわ。」 と言うと、 「嬉しいんだよ。」 そう言う声は、少し震えていた。 きっと彼は泣いている。 私は彼に抱きしめられたまま言った。 「あの日、宇宙旅行に誘ってくれて有難う。」 彼の肩越しに、宇宙が広がっていた。
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