第1話 直美(1)逢瀬のはじまり―思い出の人との偶然の再会

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第1話 直美(1)逢瀬のはじまり―思い出の人との偶然の再会

3月13日(土)バスを待っていると丁度雨が降りだした。まだ小降りだけど、家を出るときは晴れていたのにと、傘を忘れたことを悔やんだ。「弁当を忘れても傘は忘れるな!」と言われるように、このごろは特に天候が変わりやすい。春の雨は冷たくて大嫌いだ。 もう午後9時を過ぎているからバスはなかなか来ない。タクシーが通りかかったので拾った。ここは東京や大阪とは違って市内といっても狭いのでタクシーに乗っても料金は知れている。 この時間だから道が空いていてホテルまで10分ほどで到着した。フロントでキーを受け取り部屋へ向かう。幸い雨にはほとんど濡れなかった。夕食は母親と実家で済ませたので、あとはお風呂でゆっくり温まって寝るだけになっている。 エレベーターにちょうど人が乗ったのが見えたので小走り急いだ。間に合った。男性が Open キーを押してドアを開けて待っていてくれた。「すみません」といって中に入った。 「何階ですか?」 「10階をお願いします」 男性と目が合った。私をじっとみている。見覚えのある優しい顔を思い出すのに時間はかからなかった。 「田代さん?」 「吉田さん? お久しぶりね。何年ぶりかしら?」 「10年前の同窓会以来かな?」 「でもあの時はお話できなかったわ」 「どうしてここにいるの?」 「時々実家の母親の様子を見に来ているの」 「僕もそうだけど、こんなところで会うなんて偶然だね、驚いた」 「もうこんな時間だけど、私は明朝大阪へ帰るので、少しお話しませんか?」 「そうだね、久しぶりに会えたのだから、ラウンジにでも行く? それとも部屋に来る?」 「ええ、差し支えなければ、私の部屋に来ませんか?」 「いいけど、何号室?」 「1025号室です」 「同じ階だね。僕は1035号室だ。じゃあ、荷物を置いてからすぐに行くよ」 私は中川(なかがわ)(旧姓 田代(たしろ)直美(なおみ)、彼は吉田(よしだ) (すすむ)、高校の同級生だった。この前にあったのが10年前の同窓会だった。個人的に二人だけで会ったのは13年ほど前になるが、その時が最後だった。彼とのことは今ではもうすっかりほろ苦い思い出となっていた。 部屋に戻ると荷物を片付けて彼を待っている。なぜ、私は彼を部屋に誘ったのだろう? 彼は「ラウンジにでも行く? それとも部屋に来る?」と何気なく自分の部屋に誘った。あのころとはもう違っていた。それで私も自分の部屋に誘ったけど、どうしてあのときそう言ってしまったのかよく分からない。 ドアをノックする音が聞こえた。すぐにドアを開けた。そこには微笑んでいる進がいた。あの時から少しも変っていない。懐かしさがこみあげてくる。 彼は部屋に入るとすぐに前を歩く私を後ろから抱き締めた。突然のことで驚いて言葉が出なかった。あのころの彼からは想像できなかった。こんなことは一度もしなかった。でも抱き締めるだけでじっとしている。ただ、その腕の力には思いが籠っているのが分かった。 あのころの気持ちが蘇ってきた。私は抱き締めている彼の腕を両手で握り返していた。その私の反応に彼は一瞬たじろいで抱き締めていた手を解いた。 私は振り向いて彼を見た。するとその優しい顔が近づいてきてそっとキスをした。私は力一杯抱きついていた。彼を誘惑してみよう。そう思ってゆっくり舌を差し込んだ。 驚いているのが分かった。でもその舌を吸って舐めて転がしてくれた。彼はその感触をしばらく楽しんでいるようだった。あのころとは全く別人のように思えた。それから私をベッドに導いて、堰をきったように私を愛し始めた。 ◆ ◆ ◆   目が覚めた。進が私を抱き締めたからだった。薄いカーテンの外はまだ真っ暗だ。私は後ろから抱きかかえられて寝ている。彼が目覚めていることはすぐに分かった。 夜中に目覚めたときには聞こえていた寝息が聞こえない。でも、私が目覚めたことにまだ気づいてはいないみたいだ。 進は私の誘惑を受け入れてくれた。あのころとはもうすっかり変わってはいたけれど、私の気持ちを慎重に確かめてくるところはそのままだった。それが良いところでもあり、物足りないところでもあった。 あれから二度愛し合った。私は小柄だけどお乳とお尻は大きめだ。形も悪くないと思っている。だから高校生の時から男子にはいつもチラ見されていた記憶があるし、会社勤めをしてからも男性の同僚や上司の視線を感じることがあった。 それに私は人一倍敏感だということに気づいていた。特に乳首と大事なところは何かの拍子にものにあたったりすると、身体に電気が走ったようで、思わず声を上げてしましそうになることがあった。 進の愛し方は夫の勉とはまた違っていた。その違いが私を興奮させ快感につながったのかもしれない。何度も何度も上り詰めて、深い眠りに落ちてしまった。身体中に怠いような心地よい疲労が残っている。
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