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崩れ去った平穏
目立たない格好で目立たず過ごし、特に誰の印象にも残らずに高校生活を全うし、何事も無く卒業するんだと真白は思っていた。むしろ退治屋としてはそれでいいとさえ思っていた。退治屋という普通じゃない家業を背負っている身としては平穏平和が一番だ。
そう思っていた矢先、それは起こった。
いつものように休み時間に清春と談笑をしていたときのことだ。もはや廊下で黒崎理人を取り囲む女子の声はBGMと化していた。クラス内の皆もさして気に留めていない様子で各々会話を楽しんでいる。そんな周囲とは裏腹に真白の脳内は黒崎理人が占めていた。
「真白どうした? なんかすっごい難しそうな顔してるけど」
「いや、なんもない」
「ホントか? また無茶な依頼抱え込んだりしてないだろうな」
清春が心配そうに真白の顔を覗き込む。真白は首を横に振った。
「なんもねぇって。清春は心配しすぎ」
清春は昔から心配性なきらいがある。
清春には心配かけないようにしねぇとな。
「ん? なんか教室騒がしくないか?」
最初に気付いたのは清春だった。まるで黒崎理人の周りの騒がしさだ。
「本当だ。なんかあったんか、な!?」
真白は騒ぎの原因に気付きすぐ様机に顔を伏せた。
なんでここにいるんだ!?
いつもはこの教室に顔を出さないよな!?
騒ぎの原因。それは黒崎理人が真白のクラスであるC組の教室にいるということだった。
黒崎理人は何かを探すように教室の入口に立っていた。彼を囲む女子の声とクラスの女子の声が合わさっていつも以上に騒がしい。
「真白? どうした、顔伏せて」
「いや、ちょっと眠くて?」
「この騒ぎの中眠くなるか?」
「はは……」
今黒崎理人と顔を合わせるのは良くないと真白の脳が警鐘を鳴らす。真白は寝たふりに徹することにした。
「巫真白ってどの子かな?」
うげぇ!
目つぶってたから見てないが、今の声ってもしかしなくても黒崎理人!?
黒崎理人の発言と共に感じる数々の視線。
目立たないようにしてるのに注目浴びてんだが……。
驚きすぎて思わず顔上げるとこだったわ。
まじで何用だよ!?
「真白、呼ばれてるぞ。黒崎に」
清春が真白の肩を揺する。
「すまん、寝てることにしといて」
真白は清春にだけ聞こえる声で言った。清春は訝しみながらもうなずき黒崎理人の元へ向かった。やっぱりパーティーで何かあったんだろ、という清春の視線を無視して狸寝入りを続ける。
「ごめんな、黒崎。真白、今眠っててさ。後でも大丈夫?」
真白は目をつぶりながら教室の入口にいる清春と黒崎理人の会話に耳を澄ませる。周囲も様子を伺っているのかやけに静かだ。
「うーん、実は木村先生が巫さんのこと呼んでて、一緒に来てほしいんだ。だから申し訳ないけど起こしてもらえる?」
げ、なんで木村先生が?
木村先生は真白のクラスの数学担当でA組の担任だ。木村先生の話は長くて面倒くさいことで有名である。
「真白、木村先生が呼んでるってさ。早めに行った方がいいぞ」
「ぐぬぬ、行きたくねぇ……」
真白は今起きた、と言わんばかりに伸びをしてのろのろと歩き出す。
「起こしちゃってごめんね、巫くん」
黒崎理人は申し訳なさそうに言う。そんな顔しても真白には無駄だ。
オレはあんたの本性知ってるんだからな!
真白はチラリと清春を見る。清春はやや不機嫌に手を振っていた。これは後できちんと説明しないと拗ねるに違いない。
参ったな……。
黒崎理人に呼び出されたこと、注目を浴びたこと、木村先生に呼ばれていることで真白はメンタルトリプルパンチだ。
「それじゃ行こうか、巫くん」
「……はい」
真白はうつむきながら歩き出す。極力顔を見られないようにせねば。
「そういう訳だから皆また後でね」
黒崎理人が爽やかに手を振ると周りの女子が不満そうな声を漏らす。痛いほどの女子の視線を背中に感じながら、真白は黒崎理人と一定の距離を保ちつつ、木村先生の元へ向かった。
コンコンコンッ
「失礼します。1年A組の黒崎理人です」
黒崎理人がノックしたのはとある空き教室のドアだった。
あれ、職員室じゃないのか。
職員室へ行くもんだと思っていた真白は面食らう。こんなところまで呼び出して一体何の用なのだろうか。中からの返事がないまま黒崎理人は教室内へ足を踏み入れた。真白もそれに続く。
「……誰もいない、ですね」
「…………」
黒崎理人は先生の姿が見えないことを気にもとめずに無言でドアを閉める。そしてガチャッと鍵を閉めた音が聞こえた。
「……は?」
今鍵閉めなかったか!?
なんで!?
てか先生は!?
予想外の出来事に真白の頭は軽く混乱する。
「あ、あの先生は……?」
「あぁ、あれねウソだよ」
またしても爽やかな顔をして黒崎理人は爆弾を落とした。
「なんでそんなこと……」
「昨日プリント届けてくれたでしょ? そのお礼をしようと思って」
は? お礼……? 絶対嘘だろ!
「はい、これあげる」
呆ける真白にスっと差し出された物を真白は反射的に受け取る。それはレモン味のキャンディだった。
「いや、なんで……?」
これを渡すだけならわざわざ呼び出す必要も鍵をかける必要もない。開いた口が塞がらないとはこのことかと真白は身をもって知った。
そこではたと気づく。もしかしなくても今密室で二人きりなのではないだろうか。
これはピンチってやつじゃ……!?
真白はふとパーティーのときを思い出して身構える。しかし、あのときとはまるで格好が違ううえに男の姿なのでさすがにあんなことされないだろう。そんなことを考えていると黒崎理人が近づいて来た。
「あれ、巫くん。顔になにか付いてるよ?」
そう言いながら黒崎理人は真白の眼鏡に手をかけそのまま外した。
は、眼鏡取られた!?
慌てて取り返そうとするが、眼鏡を高く掲げられて届かない。なんせ黒崎理人は背が高い。というよりも真白の背が低い。
くそ、身長差め……!
顔はしっかり見られてしまったがあのときは女装していたのだから多分大丈……。
「ふーん、やっぱりね」
真白の顔をまじまじと見つめながら黒崎理人はつぶやいた。
……大丈夫だよな?
「眼鏡返してください」
真白はキッと黒崎理人を睨む。
まじで何がしたいんだこの男は。
さっさと眼鏡を返してもらってこの場から逃げよう。そう思った瞬間。
「そんな可愛い顔で睨まれても恐くないんだけど」
「は?」
「ちょっと確かめるだけのつもりだったけど、やっぱりやめた」
気付けば黒崎理人が纏う雰囲気がガラリと変わっていた。黒崎理人は意地悪そうな表情をする。
ここで裏王子発動かよ……!
黒崎理人は真白の手の中にあったキャンディを奪い取り、袋を開ける。
……?
黒崎理人が何をしようとしているのか分からず、真白はその動作をただ眺める。
黒崎理人はあろうことか真白にあげたはずのキャンディを自身の口に含んだ。そしてそのまま顔が近付いてきて……。真白の口の中にレモンの味が広がる。それをキスだと理解したのは数秒経ってからだった。
「な、……なにしてっ」
「ドキドキした?」
「するわきゃねぇだろ! 男だぞ」
真白はキャラ作り用の敬語も忘れて叫ぶ。黒崎理人はそれも意に返さずくすくすと笑った。
「そっちが君の素なんだ?」
「お前こそいつもと違っ」
「ナイショ。ね?」
黒崎理人は人差し指で真白の唇を軽く抑えた。薄く微笑まれて真白の溜飲が下がる。そのまま黒崎理人は鍵を開けて楽しそうに教室を出ていった。
「お前のこと気に入ったよ」
そんなどこかで聞いたようなセリフを残して。
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