パーティー当日

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展示室に足を踏み入れるとそこにはたくさんの宝石が展示されていた。真珠のネックレスにルビーの指輪、ガーネットのブレスレット……。どれもこれも高価なものばかりで圧倒されてしまう。 ここの部屋にあるもの全部で総額いくらになるんだろうか。考えるだけでも恐ろしい。 展示室には真白の他に数組の招待客がいた。けれど、ここにいる人達には特に体調の変化は見られないようだ。 それにこの部屋は何も感じない。となると問題は奥の部屋だ。部屋の奥の壁にドアがある。おそらくそこが入口だろう。 試しにドアノブを捻ってみたけど鍵が掛かっているようで開かない。 選ばれた者だけ、ね。 この部屋の奥には何があるんだろう? 何かいい情報は得られないかと真白は室内にいる招待客の男性に声を掛けた。 「すみません」 「おや、これは可愛らしいお嬢さんだ。どうしたのかな?」 「お褒めの言葉ありがとうございます。実はこの奥の部屋にも展示品があると伺ったのですが、ドアに鍵がかかっているようで……」 「あぁ、その部屋の鍵はね黒崎社長のご子息から借りることが出来るんだよ。もっともその鍵を受け取れるのはご子息のお眼鏡にかなった者だけと言われているがね」 「そうだったのですね。ありがとうございました」 真白は男性に丁寧にお辞儀をして展示室を後にした。真白は眉間に皺を寄せながら会場へ戻る。 つまりは黒崎理人のお気に入りになれ、と。 初対面ということになる今の姿で短時間で黒崎理人に取り入るのはかなり難しい。 もし黒崎理人に近づいてバレたりなんてしたら、女装してパーティー参加するヤバいガリ勉のレッテルを貼られてしまう。考えるだけで恐ろしい。 よし、近付くのは最終手段にしよう。 そう決めたはずだった。そのはずだったのだ。 なんで!? なんで黒崎理人がオレの前にいるんだ!? それは遡ること数分前――――。 パーティー会場に戻った真白は、ウェイターからドリンクを受け取りちびちびと飲みながら会場の様子を観察していた。気が付けばパーティーも始まっていて会場は先程よりも賑わいを見せていた。そこで集団の輪を抜け一人歩く黒崎理人の姿が見える。 あれ? こっちに向かって来てないか? 真白は自分に用はないと分かっていながらもつい身構える。見ない振りをしつつ視界の端に黒崎理人の姿を捉えて様子を伺っていると、真っ直ぐこちらへ向かって来ているのがわかった。実に迷いのない足どりである。 まぁあいつの近くにいれば会話を盗み聞きして何か情報が掴めるかもな。 なんてのんきに構えていたら、あろうことか黒崎理人は真白の目の前でその歩みを止めたのだ。 は? そこで止まんの? 黒崎理人は立ち止まったにも拘わらず、誰かと話す様子もない。さらに黒崎理人からの突き刺さりそうな程の視線を感じる。 え、オレ何かやらかしました……? その視線に耐えきれなくなった真白は思わず顔を上げた。黒崎理人としっかり目線が合う。すると黒崎理人はにっこりと微笑んだ。 「パーティー楽しんで頂けてますか?」 「え、えぇ。まぁ……」 なんで話しかけてくるんだ!? オレが一人だからか? ちらりと周りを見てみると皆どこかの集団に入って談笑している。一人でいるのは真白だけだ。気を遣って来てくれたということだろうか。 「展示品はご覧になりましたか?」 「はい。どれも素敵でしたわ」 「そうでしょう? あれは私達の自慢の品々なのです。実は展示品を置いているのはあの部屋だけではないんですよ」 黒崎理人はニコリと笑う。 これはもしや奥の部屋のことでは? まさか本人の口から情報を得られるとは思っていなかった。 「知りたい、ですか?」 「えぇ、もちろんですわ」 真白が嬉々としてそう口にした瞬間、何か異質な空気を感じた。まさかと思って黒崎理人をまじまじと見つめる。 ……違う。こいつじゃない。じゃあ今のは……? 「どうしました?」 急に黙った真白を不審に思ったらしい。黒崎理人は不思議そうに真白を見つめていた。奥の部屋の情報も気になるが、今の違和感もどうにも気になる。 もしかしたら妖が今このパーティーに潜んでるのかもしれない。 「いいえ、なんでもないですわ。ですが、少し立ちくらみが……。あちらで少し休んできますわ」 不審に思われないよう額を押さえて体調が悪そうな演技をする。話の続きが気になるが今の違和感の正体を調べる方が優先だ。 「それは大変だ。一緒について行きましょうか?」 「いいえ、大丈夫ですわ。少し休んだら戻ってきますのでそしたらお話の続き、聞かせてくださるかしら」 心配そうに見つめる黒崎理人の申し出を断り、真白は笑顔を貼り付ける。すると黒崎理人はすぐに引き下がった。 「わかりました。お気を付けて」 心配そうに眉根を下げる黒崎理人に会釈をしてその場から離れる。瞬間、今度はゾワリと肌が粟立つほどの妖気を感じた。 近いな。やっぱりさっきの違和感は妖だ。 真白は会場内をキョロキョロ見渡す。 妖は人に取り憑くことがある。それは取り憑いた人間の精気を目的であることが多い。妖は人に紛れるのを得意とする。この大人数の中では探すのも一苦労だ。 立ちくらみと偽って離脱したこともあり、黒崎理人から遠く離れるまではゆっくりとした足取りを維持する。 ふと、たった今すれ違った人の顔が歪んで見えた気がして振り返る。その後ろ姿はさっき話をした海野和俊だった。 なんでさっき気付かなかったのか。彼の身体からは妖気が滲み出ていた。慌てて海野和俊を追いかける。海野和俊はどうやら会場の出入口に向かっているようだ。海野和俊と距離を置きつつ姿を見失わないように真白は後を追う。 そこで何かに額を思い切りぶつけた。 痛てて……。 額を擦りながら何にぶつかったのか見てみるとそこにいたのはグレースーツを着た金髪の男性だった。アクセサリーをジャラジャラと身に付けていて、見るからにチャラい。 「だいじょ〜ぶ? お嬢さん」 「はい、大丈夫ですわ。申し訳ございません」 早々にその場を立ち去ろうとしたとき、パシッと男性に手首を掴まれた。 「なんでしょうか?」 この急いでいるときに! そう心の中で付け加える。 「お嬢さん、よく見ると可愛いね。オレとお話しよ〜?」 今日はやたらと可愛いと言われる気がする。可愛らしい格好をしているので間違いではないし悪い気はしないが。 なんだなんだ、今日はサービスデーなのか? 生憎だけどこちとら急いでるんで! 「申し訳ございません、友達を待たせているので失礼しますわ」 「少しくらいいいじゃん〜」 「すみません。手を離してくださいませんか?」 少し嫌そうに言ってみるが一向に手を離す気配がない。 「君、名前は〜?」 そればかりか真白を置いて話をどんどん進めていく。真白もそろそろ我慢の限界である。 コイツしつっこいなぁ! 手を振り払おうとしたときだった。 「強引な男性は嫌われますよ」 そんな声と共に誰かに優しく肩を抱かれ、チャラ男から引き離された。助かった、と思ったのと同時に顔が引き攣る。助けてくれたのは黒崎理人だった。こういう場面でも助けてくれるなんて本当に紳士的だ。潜入任務中でなければ心底感心しただろう。真白は少しだけ黒崎理人への警戒心を緩めた。 「やはり一人で行かせるべきではありませんでしたね。休憩スペースまでお送りしますよ」 黒崎理人は爽やかな笑みを見せる。 いえ、出来ればお断りしたいです。なんて言えるはずもなく……。 どうしたもんかと考える。このまま黒崎理人の側にいると海野和俊に近付くことが出来ない。かと言ってこの状況で黒崎理人の申し出を断るのも不自然だ。 あれ、そういや海野さんは? 見失ってしまったかと焦ったが、視線をさまよわせると海野和俊は出入口の方にいるのが見えた。今まさに会場を出ようとしている。 早く追わねぇと! けど黒崎理人はどうする? 先程の騒ぎでこちらに視線が集まっている。それに立ちくらみだと言ったせいで、強引にここを抜け出すことが出来ない。 「……お願い致しますわ」 今度は黒崎理人の申し出を受ける他なかった。
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