妖退治

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妖退治

展示室のドアを開けるとそこには誰もいなかった。けれど先程までとは違い、この部屋には濃い妖気が充満していた。 「キッツ……」 ここにいるだけで身体が重くなってくる。きっとこの部屋の近くに妖がいる。 真白は神経を研ぎ澄ませて妖の気配を探っていく。奥の部屋へと続くドアの前に差し掛かったとき、ビリッとした妖気が肌を撫でた。 間違いない、この部屋だ。 微かに開いたドアの隙間から妖気が流れてくるのが分かる。鍵の掛かった選ばれた人でないと入れない部屋だ。意を決してドアを開けるとぶわっと妖気が流れてくる。そこは白い壁に囲まれただけのシンプルな部屋だった。 その中心にいたのは黒いもやに包まれた一人の男性。 ……海野さんだ。 入室した真白に気付いていないのか、海野和俊はドアに背を向けた状態で目の前にあるショーケースに手をかざす。そのショーケースには碧色の宝石の付いた指輪が飾られていた。 海野和俊の手から薄暗い光が放たれる。 ドカンッ 大きな音と共にショーケースに亀裂が入った。さっきの音はこれだったらしい。 まさか海野さんはこの指輪を盗もうと……? 音を立てずに様子を伺っていると海野和俊の手から第二波が放たれる。 ドカンッ ガシャンッ 今度はさっきよりも強い。四隅にあった監視カメラが衝撃で落ちて壊れる。 家主には悪いけどこれでやりやすくなったな。 真白は胸元に隠していた呪符を取り出し、人差し指と中指で挟んで顔の前で構えた。 ボソボソとつぶやいていた海野和俊の声が段々と大きくなる。 「壊れろ壊れろ壊れろ壊れろこわれろこわれろこわれろ……!」 ドカンッ ドカンッ 海野和俊の手から次々と光が放たれる。 まずい……! 真白は慌てて呪符を振りかざした。 「このほどを囲みたまえ。さし込めたまえ。さすれば穢れは外へ逃げず。……隔離結界!」 瞬間呪符は霧散し、部屋全体が仄かな光に包まれた。そして部屋を覆う結界、言わば大きくて見えない壁が築かれる。 よし、これで暴れられるな。 今から真白がするのは妖退治だ。おそらく海野和俊は妖に取り憑かれている。でなければ常人にこんなことが出来るはずがない。その妖を海野和俊から追い出して退治するのが真白の仕事である。 そこでふと海野和俊が動きをピタリと止めた。 「あれ? いつからそこにいたんですか、舞姫さん? ……いや、巫のせがれか」 真白に気付いた海野和俊がゆっくりとこちらを向く。その瞳は紅く光り、口角は不自然な程上がっている。 「邪魔するなよ、小童。我とて貴様に乱暴はしたくない。巫のせがれに手を出したとなれば後が怖いからな」 間違いない。海野和俊は完全に妖に意識を乗っ取られている。 「お前らまでオレのことを知ってるとかオレも有名になったもんだな。でも、邪魔するなと言われて大人しく言うことを聞く退治屋がいるとでも?」 真白は呪符を構え、海野和俊もとい妖めがけて振りかざす。 「天雷招来(てんらいしょうらい)!」 刹那一筋の雷か妖めがけて迸る。 「ぐっ……! だから邪魔するなと言うたろうが小童がぁ!」 妖の手からどす黒い闇が放たれる。それをすんでのところでかわした。が、その闇は弾けることなく標的をショーケースへと変えた。 「しまった……!」 ガッシャンッ! 闇はショーケースに向かって弾けた。ガラスが粉々に割れる。妖は散らばったガラス片の中から指輪を手に取った。 「その指輪をどうするつもりだ」 「さぁな。この海野という男が望んだから手に入れてやったまでのこと。あとはこの男の精気を吸い尽くすのみ」 妖はなんてことないように嗤った。人の執念はときに妖と共鳴する。そして一方的に願いを叶え最後は精気を吸い取る。本人が望もうがそうでなかろうが関係なく行われる。 それがヤツらのやり方だ。 無論、妖だって悪いヤツらだけではない。しかしいいヤツばかりでもない。それは妖も人間も同じなのだ。 「なら、それは阻止しないとな!」 真白は念を込めて呪文を唱える。 「天雷招来、迅雷招来(じんらいしょうらい)急急如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)!」 「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」 大きな音と共に先程よりも強い雷が妖に降り注ぐ。妖は呻き声をあげて崩れ落ちた。そして力なく倒れ込む。海野和俊の身体にはもう妖の気配はない。慌てて海野和俊の元へと駆け寄ると彼は気を失っていた。 よかった、特にケガはしていないようだ。 「終わったか……?」 真白は海野和俊の手に握られていた指輪をハンカチで手に取って浄化の呪文を唱える。 「この地を荒らす悪しきもの。払いたまえ、清めたまえ。我の言の葉は神の消息。ここに巫真白の名におきて命ず。急急如律令!」 部屋全体がふわぁっと温かい光に包まれた。先程まで淀んでいたこの部屋の空気と指輪が浄化される。 「任務完了っと」 真白は指輪を再び海野さんの手に握らせた。妖に操られていたとはいえ、指輪を盗もうとしたのは事実。大抵妖が寄ってくる程の執念を持つ者は妖が干渉してなくても度を過ぎたことをしているものだ。 真白は立ち上がって服に着いた汚れを払う。 「あとは警察に任せてさっさと退散するか」 後は警察が彼の罪を暴くだろう。 ここにいる理由を問われる前に立ち去ろう。真白はこのホテルの出口へと向かって歩く。後ろに騒ぎを聞きつけた人達の声を聞きながら。 真白は任務を達成したことの満足感に浸っていた。 だから気付かなかった。 なぜ真白より先に部屋へ向かったはずの黒崎理人の姿が見えなかったのか。 なぜ爆発音で駆けつけた人が他にいなかったのか。 そして、父の言っていた予知の意味に…………。
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