第二章 災難は忘れた頃にやってくる

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第二章 災難は忘れた頃にやってくる

パーティー会場に現れた妖を退治してから早一週間が経った。 あの後、指輪を握った男が倒れていると通報を受けた警察が到着し、現場検証等を行った結果指紋などが見つかり海野和俊は逮捕された。警察の調べによると過去に何度か黒崎家への不法侵入し、度々指輪を盗もうとしていたという。監視カメラの故障により確たる証拠はないが、現場を荒らしたのも海野和俊とみて捜査しているとのこと。しかし海野和俊は容疑を否認しているらしい。 ま、先日のことはほとんど妖に操られていたせいだから本人が覚えてないのも無理ないけど。 過去の罪は償わないとな。 何事も無く戻ってきた日常。半日くらいの任務だったが結構長かったように思う。 清春は興味津々、というよりは不安げに黒崎理人のことを聞いてきた。真白は一言何も無かったとだけ伝えた。 だっていきなりキスされたなんて言えないだろ! それどころか普通にセクハラされたし! 清春は少し安堵していた様子だった。清春は何をそんなに心配していたのか。 思い出したら腹が立ってきた。 あんなのオレ相手だったから良かったものの(良くない)女相手だったらセクハラで訴えられるレベルだぞ! いや、落ち着けオレ。 どうせもう関わることはないんだし忘れるんだ、オレ。あんなのキスのうちに入らない。 忌まわしい記憶を頭から追い出して真白は目の前の授業に専念することにした。 ときは六月下旬。 梅雨も明け徐々に気温も上がっていく。 そろそろこのガリ勉の格好じゃ暑くて過ごしにくくなる。少しくらい着崩してもいいと思うが、何があるかわからないからきっちり制服を着る。それに着崩してるのがバレたら後々がめんどくさいのだ。 過去に着崩し眼鏡を外して帰ったことがある。それを見た父と祖父の騒ぎようは尋常ではなかった。 その格好は目立つだとか不審な奴に声をかけられてはいないかとか、色々……。オレが男だということを忘れてるんじゃないだろうか? そういう心配は女の子にするものだろ、普通。 そんなわけで今日も今日とてガリ勉を演じている。それもただガリ勉のフリをしていればいいという訳ではないのだが。 「そんじゃ、また明日な真白!」 清春がヒラヒラと手を振って元気に教室を出ていく。真白はそれに控えめに手を振り返した。 「いつ見てもかっこいいよね、清春くん」 「そうそう、あの笑顔見てると本当に癒される〜」 教室のあちらこちらから聞こえてくる女子の声。清春はとにかくモテる。というのも清春はイケメンなだけでなく、男女分け隔てなく接し、いつも元気だからだろう。そんな清春を周りがほっとくはずもなく、昔から告白が絶えなかった。しかし清春は今までの告白全てを断っている。理由は聞いてもはぐらかされてしまうので真白も知らない。 そういや清春って好きな人いんのかな? そんなことを考えながら真白は教室から人がいなくなるのを待っていた。校内の見回りをする日だからだ。見回りする日は決まっていないものの定期的に校内を見て回り、異常がないか確認するのも真白の一つの任務である。 よし、人の気配も少なくなってきたしそろそろ行くか。 真白は椅子から立ち上がるとカバンを手に取った。 「お、丁度よかった。巫、ちょっと来てくれ」 立ち上がった瞬間に教室のドアからひょっこり顔を覗かせたのは担任の吉田先生だった。 オレこれから見回りなんだけど!? 嫌そうな表情が出ていたのか吉田先生はプリントの束を手渡しながらこう言った。 「なにすぐ終わるさ。このプリントをA組の黒崎理人に届けてくれるだけでいい。どうやらすれ違ったみたいでな。先生これから会議なんだ。じゃ、頼んだぞ!」 「あ……」 早口でそうまくし立てると口をはさむ隙もなく吉田先生は去っていった。すぐ終わるから、と半ば無理矢理押し付けられてしまった先生の用事。断りきれなかったことを後悔しながら、真白は恨みがましく渡されたプリントの束を見つめる。 あいつは今一番会いたくない奴なのに。 はぁ仕方がない。オレの素性はバレてないだろうし、さくっと行ってさくっと終わらせるか。 そう意気込んで黒崎理人を探すこと十分。 全然いねぇじゃん!! もう帰ったんじゃないのか? ふと思えば黒崎理人の周りによくいる女子集団すら見当たらない。あちこちの教室を回り、図書室へ行き、視聴覚室向かって……あと行ってないとこあったか? もういいや、見つからないからA組の教室にプリント置いて帰ろ。 そう決めて振り返ったときだった。 ドンッと何かに額をぶつけ、その衝撃で眼鏡が落ちる。 「いたた、なんだ……?」 最近よくぶつけるな、なんてのんきに考えていると頭上から慌てた声が聞こえてきた。 「大丈夫っ? ケガとかない?」 「だ、大丈夫です……」 どうやらこの声の主とぶつかったらしい。 誰だろう、と顔を上げるとその声の主と目が合う。 固まること数秒。真白は慌てて顔を反らした。 く、黒崎理人……!? やば、眼鏡掛けないとバレる! パーティーのときは女装してたとはいえメイクは薄めでほぼ素の状態だったのだ。勘がいい人なら気付くかもしれない。 真白は急いで落とした眼鏡を拾って掛けなおす。 「お前この前……。いや、眼鏡外すと大分印象変わるんだね、巫くんだっけ?」 誤魔化せてる、のか……? 黒崎理人砕けた口調が聞こえた気がするが聞こえない振りをしておこう。それに黒崎理人の言うこの前はハンカチを落とした時のことかもしれない。なんにせよとにかく黒崎理人から離れるのが無難だ。 「あ、ああの、これ吉田先生からです……!」 真白は届けるように頼まれていたプリントの束を黒崎理人に押し付ける。黒崎理人はただならぬ様子の真白に呆気にとられつつそれを受け取った。 「あぁ、ありがとう」 「それじゃあ、し、失礼しましたぁぁぁ〜」 真白は彼の言葉を聞き終わらないうちに猛スピードでその場から離れた。 何やってんだオレ! あいつだけには素顔見られたくなかったのに! え、バレてないよな? 大丈夫だよな!? もしこれで素顔バッチリ見られてたら? 姫野舞姫(偽)がオレだとバレてしまったら? ―――――お前は絶対逃がさないからな。 黒崎理人のあの言葉が頭の中から離れない。それと共に蘇る唇の感触。瞬間熱くなる頬。 怒りはどこへやらなぜか恥ずかしさがこみ上げてくる。それを頭を振って頭の中から追いやった。 逃がさないって何!? バレたらオレどうなるんだ? 偽名を使ってまでパーティーに潜り込んだ理由を問われるのか、それともあれ以上のことを……? だぁぁ、ダメだ! バレてしまうのも良くないが今日はどうも思考回路もよからぬ方向に向かってしまう。真白は走りながらぐるぐると思考を巡らせる。気が付けば生徒玄関の前まで来ていた。真白はそこで立ち止まって息を整える。帰ろうと靴を履き替えていると、ふとあることを思い出した。 あ、見回り……。いやそんな気分じゃないし明日にしよう。 真白はとぼとぼ歩きながら家へと向かう。自分のタイミングの悪さを恨みながら。
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