第一章 退治屋・真白の日常

1/2
30人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

第一章 退治屋・真白の日常

「いいか真白(ましろ)。一通り資料に目を通せば分かると思うが今回お前が変装するのは姫野舞姫(ひめの まき)という十六歳の少女だ」 とある静かな一室。 いかにも高そうな椅子に腰掛けて話しているのは真白の父、巫雅斗(かんなぎ まさと)だ。 分厚い資料をペラペラと捲りながら要所だけかいつまんで説明していく。 「彼女は大手企業、姫野グループの娘さんではあるが幸いなことに両親は海外出張、更に娘は一度も公の場に姿を見せたことがない。おまけに歳はお前と同じ。変装しやすいだろう?」 「いや、オレ男なん……」 「問題ないだろう?」 「……はい」 真白は有無を言わさない父の圧に反論することも出来ずに頷いた。 息子を女装させることに抵抗のない父ってどうなんだろうか。 真白は父から手渡された資料を捲りながら思案する。幸い中性的な顔立ちをしている真白はウィッグとメイクさえ施してしまえば女性になりきる事など容易いだろう。 外見は問題なさそうだが、姫野舞姫の家族構成や趣味なんかはしっかり頭に入れておかないと。話しかけられたりでもしたらやっかいだ。 大まかな設定を頭で構築しながら真白は冷めかけた紅茶を口に含んだ。 「真白」 名を呼ばれて父の顔を見る。父の表情は先程よりも険しいものだった。 「父さん?」 「今回予知したものは黒崎家主催のパーティー会場に現れる妖なのだが……」 「だが?」 「それ以外にもお前の人生を左右する何かが起きそうな気配もあってな。何はともあれ気を引き締めて臨んでほしい」 「おう、わかった」 父の表情が和らぐのを見て真白も気を緩める。真白は紅茶を淹れ直す為に席を立った。 巫真白(かんなぎ ましろ)はどこにでもいる普通の高校一年生、ではない。巫家は何千年と続く妖退治屋の家系だ。妖退治屋とはその名の通り妖を退治する者のことである。 妖は普通の人には見えない。ただ見えないだけで妖はそこらじゅうに存在している。その中でも悪さをする妖を退治するのが巫家の仕事だ。 けれど真白が退治屋なのは絶対的な秘密。 理由は様々あるが一番の理由は真白がまだ見習いの身であるということだ。 真白も一年程前から家に来る簡単な依頼等を受け持つようになった。ある程度なら一人で退治することも出来るが、まだまだ父や祖父の足元にも及ばない。 そんな真白の今回の任務は黒崎家主催のパーティーに現れる妖の退治だ。黒崎家は姫野グループよりも更に上の大手企業。 そんな所のパーティーに出席なんて大分レアな経験とも言えるだろう。 真白の父、巫雅斗は妖を退治する力以外に予知能力にも長けてる。その父の予知を元に今回の任務を任されたというわけだ。 身分を偽って潜入は今回が初めてではない。しかし、ここまで大規模な所への潜入は初めてだ。それも女装してなんて。 気を引き締めねぇと。 真白は父から渡された資料を手に部屋を後にした。 * ――――朝。 「真白、おはよっす」 「おはよう、清春(きよはる)」 いつものように登校し校門をくぐり、真白の肩を軽く叩いて挨拶してきたのは秋月清春(あきづき きよはる)だ。 真白の幼馴染みであり唯一無二の親友だ。そして真白の秘密を知る唯一の友人でもある。 ぱっちりとした二重に切れ長の茶色い瞳。顔や口も小さく健康そうなツヤのいい肌。そして少し遊ばせた明るめの茶色い髪。 性格も明るく所謂イケメンという部類に入る。 それに対して真白は顔に不釣り合いな程の大きめの黒縁眼鏡と傷んだ黒髪。それに瞼にかかるくらいの前髪。制服も着崩すことなくしっかり身に着けている。 それはもう絵に描いたようなガリ勉だ。 なぜこんな格好をしているのか。それは学校内で目立たないようにするためだ。 それもほとんど祖父と父の言いつけのせい。 “目立たず迅速かつ確実に”という祖父の教えの元こんな格好で登校させられる羽目になってしまった。おかげで夏はもの凄い暑い。 今時こんな格好してる方が逆に目立つわ! そのせいで清春以外はあまり近寄ってこないし。そういう部分では祖父の考えも古いというか……。後が怖いから黙って従っているが。 オレだって人並みにお洒落したり制服着崩したりしたいのにな。 実際のところこんな格好してなくても地味だから目立たないのではないかと思う。イケメンの清春の隣にいるだけでも目立つんだから気にしたって仕方がないのだが。 それに清春も自分が目立つことに関しては気にも止めてないらしい。自分に自信があるからこそかもしれない。けど、オレだって少し身なり整えれば……。 真白はんーと考え込む。 「……ろ。……しろ。真白!」 「お、おう」 「おう、じゃない。何回呼んだと思ってるんだ。またトリップしてたな? ほら遅刻するぞ」 清春に急かされて真白は慌てて周囲を見渡す。気付けばもう周囲に生徒の姿は見えなくなっていた。 ―――― この学校では休み時間になると一気に騒がしくなる。その理由はとある男子生徒のせい。というよりは校内中の女子生徒のせいだ。 教室の端の席からでも見える廊下の女子集団と聞こえる歓声。その中心にいるのは爽やか王子と騒がれる黒崎理人(くろさき りひと)。 「毎日よくやるなぁ。それに毎日あんな集団の中にいたら疲れそう」 真白がぽつりとつぶやくと前の席に座っている清春が振り向いた。 「そりゃ容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能、性格も良くておまけに大手企業の黒崎社長の息子となれば誰だって騒ぐだろ」 「なんか完璧すぎて嘘くさい。普通はなんかあるだろ、決定的な欠点とか弱点とか」 「そういうもんか? でもそんな話聞いたことねぇな。とても同い年には見えねぇよな」 いい意味でも悪い意味でも彼はよく目立つ。 絶対にお関わりになりたくない人物だ。クラスが違ってよかった。 そこまで考えて真白ははたと思い出す。 明日潜入するパーティーの主催って黒崎家じゃん! つまりは黒崎理人の家が主催しているパーティーである。ほぼ間違いなく黒崎理人も出席するだろう。 「げっ……」 「真白? どうした?」 清春は真白のただならぬ様子に首を傾げた。 待て、落ち着け。オレは普段バリバリの地味なガリ勉だし、こんなオレのこと爽やか王子は知らないだろう。更にオレは変装という名の女装するのだ。バレるわけがない。 うん、きっと大丈夫……。 「真白?」 「オレはダメかもしれない」 真白は頭を抱えて考え込む。 もし黒崎理人が出席するなら学校の人も何人か参加するかもしれない。それに完璧な人の前でお嬢様を演じ続けるのオレにはしんどすぎる。 というか、バレたらガリ勉のくせに女装癖のあるヤバい奴認定待ったナシだ。 全然大丈夫じゃない……! 「だからどうしたんだよ」 痺れを切らしたように言う清春に昨日父から言い渡された任務を簡単に説明する。 すると清春はなるほど、とつぶやいた。 「まぁどうせ変装するんだろ? それも女装。それじゃバレねぇって。そもそもバレたら任務に支障きたすだろーが」 「確かに……」 真白が変装する姫野舞姫が本人ではないことがバレたら一大事である。下手すれば任務続行不可になる可能性すらある。 「それにしても真白が女装ねぇ」 「何ニヤニヤしてんだよ」 「真白可愛いから似合うだろうなって」 さらりと言ってのける清春に、真白はまたかと内心ため息をつく。 「バカにしてんのか。何度も言ってるけど男に可愛いは褒め言葉じゃないからな」 清春が真白に対して可愛いと言うのは最早口癖と言ってもいい頻度である。真白としては疑い半分、不服半分といったところだが言っても聞かないので半ば諦めている。 男であることを抜きにしても可愛いと言われるような容姿ではないことを自覚しているだけに、清春の美的センスを疑わざるを得ない。 「自覚がないっていうのがまたね……」 「なんだよ、ブサイクな自覚はありますぅ」 口を尖らせて真白がぶうたれると清春はやれやれと言わんばかりにため息をついた。 我が幼なじみながら失礼な奴である。 「心配だから本当はついて行きたいところだけど、明日撮影あんだよなぁ」 清春は心底残念そうに言う。実は清春は高校一年生にして読者モデルとして活動している。スカウトからのデビューで最近は何かと忙しそうだ。 「退治自体は何度もやってるから平気だよ」 「俺が心配してんのはそこじゃなくて変な奴に捕まんなよってこと」 「いや俺男……」 「女装すんだろうが」 父さんといい、清春といいオレが男だということを忘れてるんだろうか。 「あと、黒崎には絶対バレんなよ」 「? 黒崎以外にもだろ?」 「……なんつーか、アイツ俺と同じ匂いがすんだよなぁ」 清春がぼそりとつぶやく。 「なんか言ったか?」 「いや、なんでもない。女装したら写真送れよ」 「へいへい」 真白は明日のパーティーが更に不安になるのだった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!