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◇ ◇ ◇
祖母が亡くなった、と連絡を受けたのはそれから僅か数日後の事だった。
『その節はご迷惑をお掛けしました』
かつて父だった人は、事務的に述べた。
『四十九日が済んだら、お墓の場所もお知らせします。よかったらたまに線香でもあげてやって下さい。母も喜ぶと思います』
「……はい」
『その時には、久しぶりに家の方にも寄って下さい。歓迎しますよ』
「ぜひ」
答えながら私は、きっと行く事はないだろうな、と思った。
彼らの中では、私はとっくの昔に赤の他人に変わってしまったままだ。
私が子どもの頃の一時期を過ごした仮初めの家は、祖母の死とともに今度こそ本当に失われたのだ。
「……どうした?」
電話を切った私の顔を、孝明が心配そうにのぞき込んでくる。
「ううん。何にも」
「……そっか」
孝明はそれ以上深入りしようとせずに、立ち上がった。何の脈略もなく、まるで思い付いたかのようにキッチンに立ち、洗い物を始める。
この間実家行きを断って以来、私たちの間にはどことなくすき間が空いたままだった。
それ以上近づいたら、かえって互いを傷つけあってしまうんじゃないかとジレンマを抱えるヤマアラシのように。
もしかしたら、そこには棘なんてないのかもしれない。ありもしない棘に、勝手に怯えているだけなのかもしれない。
そう気づかせてくれたのは、たった一人の……血のつながらない私のおばあちゃんだった。
「ねえ、孝明さ」
「ん?」
「買い物行こうか」
「夕飯? まだ早いんじゃない? もう少し経った方が安くなるじゃん」
「違うよ。私、ちょうどいい服持ってないから見てきた方がいいかと思って。挨拶って、スーツよりはワンピースとかの方がいいよね?」
物凄い勢いで振り向いた孝明に、微笑み返す。
とびっきり可愛らしいのを選ぼう。大事な息子の嫁に相応しいと気に入って貰えるように。
そしてそれを着て……次は二人でお墓参りに行こう。
世界で一番大好きな、私のおばあちゃんのところに。
<了>
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