異物

6/8
前へ
/8ページ
次へ
「今度の連休は……ちょっと都合が悪いかも」 「都合って? 会社、休みでしょ?」 「うん。そうなんだけど、確か……あ、ちょっと待って、電話」  頭の中で、必死に都合の良い予定を作り出そうとする。ちょうどその時、その電話は架かってきた。 『あの、もしもし……遠野里帆さんの電話で間違いないでしょうか』 「はい。遠野……ですが」 『ご無沙汰しております。坂上……です』  名前を耳にした瞬間、ドクンと胸がはねた。少し掠れたような低い声に奔流のように記憶が蘇る。  父だった。  正しくは――中学校に上がる直前まで、私が父親だと思っていた人だった。 『お久しぶりです』 「……はい。こちらこそ」  ぎくしゃくとした声音に、実際の距離以上の隔たりを思い知らされる。 「それで……何か?」 『実は、折り入ってお願いがあるんです。母に、会っていただけませんか』 「母って……おば……」  言葉は最後まで紡がれる事なく、喉の奥に消えて行った。祖母でもなく、おばあちゃんでもない人をなんて呼べばいいのか、すぐに思い浮かべる事ができなかった。 「そんなの、今さら言われても……もう私には……」  かつて父だった人は、電話の向こうで大きく息を吸い、言った。 『死ぬ前にひと目、あなたに会いたいと言っているのです』
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加