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「今度の連休は……ちょっと都合が悪いかも」
「都合って? 会社、休みでしょ?」
「うん。そうなんだけど、確か……あ、ちょっと待って、電話」
頭の中で、必死に都合の良い予定を作り出そうとする。ちょうどその時、その電話は架かってきた。
『あの、もしもし……遠野里帆さんの電話で間違いないでしょうか』
「はい。遠野……ですが」
『ご無沙汰しております。坂上……です』
名前を耳にした瞬間、ドクンと胸がはねた。少し掠れたような低い声に奔流のように記憶が蘇る。
父だった。
正しくは――中学校に上がる直前まで、私が父親だと思っていた人だった。
『お久しぶりです』
「……はい。こちらこそ」
ぎくしゃくとした声音に、実際の距離以上の隔たりを思い知らされる。
「それで……何か?」
『実は、折り入ってお願いがあるんです。母に、会っていただけませんか』
「母って……おば……」
言葉は最後まで紡がれる事なく、喉の奥に消えて行った。祖母でもなく、おばあちゃんでもない人をなんて呼べばいいのか、すぐに思い浮かべる事ができなかった。
「そんなの、今さら言われても……もう私には……」
かつて父だった人は、電話の向こうで大きく息を吸い、言った。
『死ぬ前にひと目、あなたに会いたいと言っているのです』
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