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◇ ◇ ◇
母の死に際し、父やその家族が訪れる事はなかった。報せもしなかったから当然といえば当然だが、私の中ではそれがマナーなのだと思っていた。
今さらこちらからコンタクトを取り、相手の心に少しでも波風を立てるのは差し控えるべきなのだと。
にも関わらず、今際の際に祖母が私に会いたい理由は何なのか。仮にそれが、思い残す事の無いよう恨みつらみを吐き出すためだったのだとしても、私は全てを甘んじて受け入れようと覚悟した上で祖母との面会に臨んだ。
しかし――
「大きくなったねぇ」
病室で私を迎えた祖母は、ひと目見た瞬間頬を緩ませた。
髪の毛は張り付いた綿埃みたいに白くまばらで、目元は大きくくぼんでいて、明らかに死の影に覆われた姿の中で……私に向けられる目だけが温かく、活き活きと輝いて見えた。
「こんなに立派になって。わざわざ会いに来てくれてありがとう」
「私の事、覚えてるの?」
「もちろんだとも。見てごらん、ほら」
骸骨みたいにやせ細った手を、サイドテーブルに伸ばす。嬉しそうに私に見せてくれたのは、その昔、私が祖母に描いた色紙だった。
〈世界で一番大好き!〉
黒々と豊かな髪の祖母の似顔絵の上に、無邪気な、けど沢山の想いを込めて描いたメッセージが踊る。
私がまだ、おばあちゃんを本当のおばあちゃんだと思い、おばあちゃんも私をたった一人の孫だと思っていてくれた頃の、大事な大事な想いがこもった色紙を、祖母はずっと大切にしていてくれたのだ。
「だって私、血も繋がってないのに」
「何言ってるんだ。そんなの関係あるかい。約束しただろう。何がどうなったとしても、おばあちゃんは里帆のおばあちゃんだよ」
おばあちゃんの言葉に、耐え切れなくなって私は泣き崩れた。
おばあちゃんはそんな私の背中を、静かに撫でてくれた。
おばあちゃんの手は骨ばってゴツゴツしていたけど、あの日と変わらない優しさでいっぱいだった。
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