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その衝撃は皿が割れるよりも
高校三年生。
青臭い青春が最後の年だとか、だから恋だとか、いやいや、受験だろ、だとか、まぁ人それぞれの一年間を過ごせばいいのだが、公文帆高は何故か幼馴染の永瀬大海に引っ張られ、とあるカフェに来ていた。
来ていた、と言うよりも、その店の前で近くの看板からそこを覗いている、と言う方が正しいだろう。
男子高校生二人、さほど大きくも無い看板に隠れ、こそこそと身を縮めている姿に通りすがりの人間はびくっと身体を揺らすも、当の本人達、特に大海はうっとりと頬を染めた。
「うわー…今日も大貫さん、かっこいいー…」
大海と言う名前ではあるものの、性別は雄。
無いモノは無いし、有るモノは有る。
そんな大海が見詰める先には、テラスでゆったりと紅茶を嗜む女性客、では無い。
その奥で働くウエイター、そう野郎だ。
「………ちょ、なんか身体も鍛えられてね…?」
あれが大貫さんだと大海から教わったはいいが、やたらと目立つのはあの胸筋。ワイシャツのボタンが今にも弾け飛ばんばかりのわがままボディと、もうひとつ言わせてもらうなら確かに顔は良い。
少し掘りの深い、くっきりとした顔立ち。
所謂派手顔、ソース顔と言うものだ。
「まじでかっこいい…あれがよく聞く肩に戦車が乗ってるってやつ?」
「いや、俺そう言う界隈詳しくねーから」
ただこの幼馴染に向かって言わせて頂くならば、
(こいつって…野郎の方に興味あったのか…)
それくらいだ。
幼馴染とは言え、恋バナなんて今まで皆無。
浮いた話も相談もされた事がなかった為か、あまり色恋に興味が無かったのかと思いきや、こう言う形でのカミングアウトとは。
「んで、お前はどうしたい訳?」
こんな看板に隠れてコソコソと。
不審者極まりないスタイルで相手に印象付けるとか最悪の極みでしか無い気がする。
「いやさー、出来たらお近付きになりたいけど、流石に毎日あのカフェ通うとか無理じゃん。金銭的に」
確かに。
高校三年生になり、基本バイトは禁止事項となっている。就職等が決まった生徒だけは例外となっているが。
「ひとつ聞きたいけど、お近付きってどう言う意味で?」
「え、そ、そりゃ、お友達、みたいな」
「お友達ねぇ…」
頬を染めながら、身体をくねらせる大海のシタゴコロは身を顰めるどころか、割と自己主張している。承認欲求が深いのか、それとも隠しきれないくらいに素直なのか。
是非とも後者であって欲しいと思う帆高はふーんっと鼻から息を吐いた。
「つか、何処で知り合った訳?」
「先週、たまたま買い物中に見掛けて、そのまま跡をつけてみたって感じ」
「そうかー、俺の知らなかったお前がまたひとつ増えたって感じかぁ…」
ストーカーと言う新たな癖。
見た目は普通、そこら辺の量産型男子高校生。ただ人懐っこい男で人畜無害だと思っていたのに。
案外恋愛にアグレッシブで少し笑える、なんて思う帆高は若干乾いた笑みを浮かべるも、幼馴染の肩を叩くと立ち上がる。
「取り敢えず此処でずっと見てても仕方ねーだろ。通報される前に帰ろうぜ」
「そうだよなぁ…。あぁ、せめて名前とか知りたいー」
「名前なぁ」
こんな御時世、名札なんて付けてはいないようだ。
個人情報大事、あんな男前なら自衛も一般人以上に徹底もしているかもしれない。
「次の土曜か、日曜に客として行ってみるってのは?」
「えー…あの店って八割が女の子ばっかだからなぁ。入るの恥ずかしくね?」
今のこの状況を恥じていないのであれば、全然大丈夫だ。十分な心臓の強さを持っている。
へっと笑う帆高だが、『あっ』と顔を上げた大海がキラリとその目を光らせた。
嫌な予感しかしない。
今日の放課後付き合って、って言ってきた一時間前の目と同じだ。
「帆高も行こうぜっ」
「断る」
「何でっ!!?」
構えていれば返事も光速で返せるというもの。
少しも考えずに間髪入れず答える帆高に、大海の頬がぷくりと膨れるが、別に可愛くは無い。
「何で俺が付き合わなきゃいけねーの?あ、花緒莉に頼めば?あいつも中三で息抜き必要じゃね?」
「花緒莉は毎週彼氏とどっかで勉強してんだよっ。妹の癖に生意気だわー」
「へーやるじゃん」
兄はストーカー、妹はリア充と。
中々面白い真反対の関係図にぷっと笑ってしまう帆高をぎろりと睨み付ける大海がその腕を掴む。
「はい、だから決まりっ。帆高一緒に行こうぜ。この際だから今回は奢りだ、奢りっ。パフェでもカフェ飯でも好きなモン頼んでいいからさっ」
「えー…」
奢りと言う他人から与えられるタダ飯は魅力的だが正直面倒が先に立つ。
「それにお前くらい地味だったらあんまり目立たないかも。俺も地味オーラに紛れて俺女の子ばっかでもイケるかもしれんしっ」
「土産話を期待してるからな。月曜日にでも教えてくれ」
「わぁ!嘘嘘っ!!お前って落ち着いてるしっ、一緒に居てくれると心強いって言うかぁ!!」
取ってつけたような言い訳も今更過ぎる。
ふんっと鼻息荒く、さっさと帰ろうと立ち上がった時だ。
目の端に一瞬映った影。
無意識にそれを目で追い、然程大きくもない帆高の目がきゅっと見開かれた。
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