扉は開けるもの

2/8
前へ
/87ページ
次へ
『もしかして高校生最後にアイツを使って思い出作り、とかじゃないよな?』 「さ、流石にそれは無いですよっ」 いくらふわふわした綿飴の具現化したような頭の大海であっても、そんな事を考えているなんて有り得ない。 幼馴染云々の贔屓目を抜きにしても、そんな計算高い男では無い。 驚愕半分悲しみ半分、ぐちゃっと混じった感情をどう伝えるべきかと眉間に皺を寄せた帆高に聞こえたのは、 『だよな。悪い。悪い奴じゃないってのはこの間一日見てて分かったんだけど、』 謝罪と溜め息。 『俺の周り結構色んな人間が居たから、少し斜め上から見てたっつーか』 「…そう、ですか」 『特に大貫も俺がらみで利用される事もあってさ。まぁ本人は気付いてないんだけどな』 分かる気がする。 キレッキレの筋肉とは反対に天然コットン百パーセント、おおらかさだけで出来ているような大貫。 人を疑う事も無いのでは? (…………あー…) もしかして、だが、 「…心配、したって事です、かね…」 『疑って悪いって』 どうやらビンゴのようだ。 確かに大海のやってる事、意気込みを見ていると普通の人からは不審どころか、怪しさしか無かったのかもしれない。 話だけしか聞いていない律から見れば、もっとホラーに近い出来事に感じたのかもしれない。 (それに、) 『俺の周り結構色んな人間が居たから』 『特に大貫も俺がらみで利用される事もあってさ』 多分、帆高の稚拙な憶説ではあるがきっと律はこの見た目が災いしてなのか、『面倒な事』があったのだろう。 それこそ人を斜めから見ないといけない程に。 大事な友人だからこそ、悠々とした大貫の周りにも目を光らせていると言う事だろう。 (…めちゃ良い人じゃん) 顔だけでなく性格もいいとか、最高過ぎる。 先程疑われていたにも関わらず、そんな事などとっくに忘れ、眼を輝かせる帆高にもう一度律の謝罪の声が聞こえた。 『忙しい所悪かったな』 「い、いいえ、」 まさかのご褒美でしたなんて言ってしまったら、二度と話してくれる事は無いのは分かっている。 浅ましさが声に出ぬ様、曖昧に笑いながら帆高はまた頭を下げた。 『別に俺も男同士は偏見ねーから。いい思いでも無いけど』 「……さ、ようですか」 『じゃあな』 「は、はい、どうも」 ―――ㇷ゚、 切れた音を聞き、しばらく呆けていた帆高がスマホを下ろしたのはたっぷり数十秒掛かってから。 (………電話番号…このまま保存してていいのだろうか…) 一番最初に思ったのはそんな事。 いや、電話番号削除しておけと言われれば、言われるがままに削除しただろうが、何も言われなかったと言う事はこのままでいいと言う解釈であっているのだろうか。 どぎまぎとそのままスマホを充電器に差し、ベッドに転がる。 (つか、律さんて、所謂…) 人間不信、と言うものだったりする? あれだけ人の眼を惹く人間、今まで帆高の想像力では足りないくらいの酸いも甘いもあった故の人格形成。 そう言えば、大貫も言っていた。 『俺の友達も連れて来たんだ。ちょっと出不精つーか、インドアつーか。』 「――――……あー」 なるほどなるほど。 結果的に帆高の中で出た結論。 ――――引きこもりの美形とか最高。 * 卒業式も無事に終え、大学の入学までとんとんとテンポ良く。 大海とは同じ大学、高校時代とあまり変わり映えの無い日常に拍子抜けした帆高だが、勧誘されたサークルに入る事も無く、新たに出来た友人達に誘われる合コンに行く訳でも無く、一人雑誌に黙々と眼を通していた。 「求人雑誌?何、バイト探してんの?」 「そう。バイトしよーかなーって」 大海に誘われ、やって来た大貫のバイト先のカフェで似合わない求人雑誌に赤いペンで丸を付けていく帆高に幼馴染の眼がきゅうっと細くなる。 「何でバイト?お前ん家ってそんな大変だっけ?」 父親は普通のサラリーマン、母親は週五日、フルタイムのパートに出てはいるが、それは趣味の為だと聞いていた。 もしかして知らない所で家庭内に問題でも発生したのかと心配そうに見詰める大海に帆高の首はふるふると横に振られる。 「いや、別に。ただ自分で使える小遣い増やしたいな、ってそんな理由なだけ」 「あ、そう、なんだ」 意外と普通も普通なその答えに、それ以上のリアクションは無い。 「でも、その気持ち俺もわかる。俺も、小遣い欲しさにバイトしてんだけどさ、実家出ると金掛かるしなぁ」 ははっと笑う大貫に大海が興味津々と言わんばかりに身を乗り出す。 「お、大貫さんってシェアハウスに住んでるんですよね、やっぱ楽しいですか?」 「おう、色んな人間居るしなっ、楽しいぞ」 「いいなぁ、俺もちょっと憧れます…っ」 「普通に学生もいるし、社会人とかフリーターとか、あぁ、ホストとかも居るな」 大貫のシェアハウスは女子禁制。 全ての住人は男だけと、華も色気も無いと笑っているが、それにほっとした顔をした大海を帆高は見逃さない。 「何だよ、お前達も一人暮らしとかしたいのか?」 「一人暮らしは憧れるけど、やれるかなーって不安が大きいかな、俺は。帆高は?」 「俺はそうだなー…何か切っ掛けがあればしてみたいとは思うけど」 尤もそんな切っ掛けなんて簡単に来る事は無いだろう。 自宅から大学まで交通機関を使えば、三十分も掛からない。朝起きればそれなりに朝飯はあるし、家に帰れば夕飯も風呂もある。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2569人が本棚に入れています
本棚に追加