落ちるのは穴か沼か

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部屋にあるゴミ掃除、と聞こえだけは簡単。 引っ越しついでにいらなくなった家財や不要なゴミを片していくのだと思っていた帆高だが、来てみればそれはゴミだらけの汚部屋の清掃と言う、何とも過酷極まりない仕事であった。 部屋の住人である若い女性はやって来た業者にやたらと美形な男が混ざっていた事に若干気まずそうに頬を赤らめていたが、律と言えば何とも思っていないのか、淡々とその作業を進めていく。 取り合えず足場を確保だと、入り口から続くゴミを仕分けしていく中での問い掛けだった。 「あー…大貫さんから聞いたんですか?」 「そう、キャンプ行くんだって」 何故玄関からすぐにビール缶が転がっているのだろうか。 帰ってすぐにここで酒盛りでも始めたのだろうか、と思いつつ、空き缶用のゴミ袋へとそれを放る帆高は、ちくちくと痛みだした罪悪感に眼を泳がせる。 まさか、律との時間を得る為に誘いました、なんて言える筈も無い。 大貫を利用した訳じゃない、幼馴染の恋も応援出来て一石二鳥、ひと粒で二度美味しい、と思うものの、元来の人の良さがそれを邪魔しているともいえるだろう。 「何か…話の流れ、で。大海も盛り上がりまして…」 「あぁ、そりゃ喜ぶだろうな」 想像が付くと笑う律にあははっと乾いた笑いを返すも、この際、ここで誘ってみるのはどうだろうと思い付いた帆高がそわそわと足元のゴミを拾い上げるも、タイミングが掴めない。 (これチャンスだよな…どうすっかな…大貫さんの時みたく、) 「俺あんまアウトドア得意じゃないから、お前らが付き合ってくれるのは助かるわ」 「―――――…………あー…」 そうだった。 己の利己的思考だった頭が一瞬にしてクリアになる。 (この人インドアだった…) ただの遊びなら付き合ってくれたのだろうが、キャンプなんてアウトドアの中のアウトドア。 インドアだと表明している人間がキャンプ等行く筈も無い。 (あああ…、だよなぁ…) 声にならない失望感。 がくっと露骨に落ちそうになる肩を何とか引き上げ、無駄に怒り肩になる帆高から静かに長い溜め息が洩れる。 このままゴミと一緒に捨てたい羞恥心と脱力感。 けれども仕方ない。 ひと粒で二度おいしいなんて上手い事はいかないが、せめて大海の手助けになるよう尽力しよう。 また何故こんな所に…とリビングに続く廊下で見つけた何らかの干物を指先で摘まみ上げ、ぽいっと袋に投げる帆高は腰を擦った。 中腰での作業、若いとは言え中々骨が折れる。 「で、帆高って作戦とかあんの?」 「――え、作戦?」 は?と見上げれば、中身の入ったペットボトルに眉を潜めていた律の視線がちらりと動く。 「大貫とお友達をいい関係にさせてーんじゃないの?」 「そ、そうっすね…まあ、もうちょっと良い仲になれば、とは…」 「お前ってお人好しだね」 「………初めて言われました」 俯き加減に手を止めず、落ちていた服は段ボールへ。ブーツも違う段ボールへと放り、くすくすと笑う声を頭上で聞く帆高の顔は赤い。 お人好しとは良い意味でだろうか、それともお節介だと思われているのか。 そこに下心があるのだとバレないだろうか、―――。 「俺も行ってみようかな」 だが、そんな不安も入り混じり、妙に落ち着かない帆高に聞こえた、透る声。 「え…!!」 がばっと身体を起こし、作業着姿でも足の長さは隠せない律をまじまじと見つめれば、ふっと綺麗に三日月を施す唇に眼が奪われる。 「何か面白そう」 「え、律さんも、来てくれるんですか…っ」 嘘っ!! と、口を突いて出そうになるも、一度ここは冷静に。もしかしたら聞き間違い、幻聴かもしれない。己の悲愴感が生み出した幻影かもしれないのだ。 「ちょっと興味あるっつーか、」 「興味…」 一体どんな興味を持っているのかは定かでは無いが、ふふっと意味ありげに笑う律を前に帆高の中で湧き上がるのは歓喜だ。 「あ、あの、キャンプを前に色々と買い揃えようって事で出掛けるんですけど、律さんも、どうですか」 こうなれば、こんなお誘いだってスムーズに。 何ら下心なんて見えない筈。 「らしいな。俺も素人だから一緒に行くわ」 お、 (おおおおおおお…!!!) やったっ、これはやってやったと言ってもいいだろう。 ガッツポーズしたい。 したいけれど、何のガッツポーズだと思われるのは不本意。 けれど、このゴミ屋敷がまるでお花畑の様に感じるくらい浮かれてしまうのは仕方ない。 なんたって『推し』と確定してからの初めてのプライベートでの遠出。 こう言っては何だが、矢張り大貫と大海と三人だけよりも律が加わる事に価値が生まれてしまう。 (やった…!) ゴミを仕分けるのにも力が入る。 やる気スイッチを連打されたかのように、次々とゴミを片していく帆高の動きは律も感心する程素早い動きになったのだった。 * 律の元についてそろそろ一か月になる。 「あ、もう来週で一か月かぁ、どうよ、公文くん」 「…どう、とは?」 「慣れた?」 事務所のソファで缶コーヒー片手にニヤニヤとそう問うコウを前に、帆高は報告書をまとめながら斜め上を見上げた。 「それなりに、って感じです」 「結構頑張ってくれたじゃん。りっちゃんも褒めてたよ」 そんな事を言われたらにやけてしまう。 (そっか…もう一か月経つのか…)
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