それはそれ、これはこれ

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聞きたい事? 「はい」 一体なんだと腰を落ち着かせる帆高へと大貫は、すっと指を指した。 正確に言えば、帆高の着ている服に、だ。 カメムシでも付いているとか。 「その服…、アイツの服だよな、律の」 「あ、」 ――――意外とこの人鋭い。 色々と見ている人間だ。 どうやら筋肉だけではないようだ。 失礼な物言いなのは重々承知しているが、瞬間帆高が思った事はそれ。 びしっと身体を強張らせ、動きを止めた帆高の額から冷や汗が流れる。律との関係を秘密にしたいと言っていた手前、もしかして関係がバレるのでは、と握っていた拳の中に汗が溜まり出す。 どう言って逃れたらいいのか、ぐるぐると脳内を動かすも昨日から混乱を受け入れていた帆高の頭はキャパオーバーなんてとっくに過ぎてしまったのか、ストライキ状態。 こう言う時にアドリブのひとつも出ない自分が嫌になるも、饒舌に喋っても変に不自然さを感じさせるだろう。 「え、えっと、ですね、」 「やっぱり、そうか…」 「いや、あの、服は確かに律さんのなんですけど、」 「良かった…。アイツまた親しい人間を作れたのか」 「………へ?」 ドキドキと心臓が鳴り響くまま、大貫からの言葉に丸くなる帆高の眼。 「いや、言っただろ、アイツちょっと人間不信気味な所があるって。だから友人とかも俺くらいしか近くに置いてなくてな」 「…はぁ」 にかっと破顔する大貫の白い歯が眩しい。 想像していた事とは違う展開に帆高の肩から力が抜け、ただただ心臓の鼓動だけが体内で鳴り響く。 (ビビった…) 別に悪い事をしている訳では無いものの、何となく後めたいものがあるのは事実。それが何かとは説明し辛く、言うなれば漠然とした不安のようなものかもしれない。 「だからお前を自分のバイト先に紹介したり、こうやってキャンプにまでついて来てくれたり、家に泊めたりするとか、本当、何て言うか、嬉しくてだな」 「あー…いや、こちらこそ…」 「良かったら、これからも仲良くしてやってくれ」 「はい…」 嬉しそうな大貫は本当に人間として良い人に分類される男なのだろう。 律を心配していたと思われる言動から嘘偽りは感じない。 だったら帆高も少しは本音で返すべきだ。 「律さんは良い人なんで。面倒見も良いし、優しいし。俺の方こそお世話になってるんで」 しっかりと大貫に向けて迷いなく出た言葉は紛れも無い本音。 流石に推しになるくらい綺麗な顔もスタイルも最高です!!とは空気も読めるのだから言わないでおくのが正解なのは理解している。 ただ、 「そ、そうか、いやマジちょっと安心した。本当、誰も信用して無い感じで…」 「…………」 ―――アイツまた親しい人間を作れたのか ―――友人とかも俺くらいしか近くに置いてなくてな ―――本当、誰も信用して無い感じで パワーワード過ぎやしないか。 (律さんに何があったつーの、それ…) 満足そうに頷く大貫を前に、どんな表情をしていいのか分からず、曖昧にはにかんだ笑みを見せつつ、帆高は眼を泳がせた。 そんな帆高の様子に、あっと口に手を当てる大貫だが時既に遅し。 「いや、あ、あの、さ、」 しまったと言わんばかりに眉を八の字に寄せる表情から伺えるのは、余計な事を言ってしまったと言う戸惑いのそれ。 優しさの中にある、こう言う単純さ。 それは大貫の短所でもあるのだろうが、大らかさの方が目に付く長所でもあるのだろう。 「あの、大丈夫ですよ」 「え、え?」 推しの事は知りたい。 何故なら知れば知る程、テンションも上がり、多幸感も溢れ出る。何事においても知識はあった方がいいと言うが、この場合の知りたいと言う欲求は底が知れず、浅ましさだけが高まってしまう所謂自己満足と言うものだ。 つまりは、それはそれ、これはこれ。 「別に俺、掘り下げて何か聞きたい訳じゃないんで」 「あ、そ、そう…?」 「はい、大丈夫です。何なら聞かなかった事にしときます」 へらっと笑って見せる帆高に露骨にほっとしたような息を吐き、眦を下げる大貫が『気を遣わせて悪いな…』と頭を掻いた。 そう、『教えたくない事』と『知りたい事』は決して同意義では無い。 例えば、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ、と言った所か。 人の迷惑も考えず一目散に己の欲だけで突っ込む輩とは違うのだ。 善悪、分別の付く人間でありたい。 それに折角律との距離も近くなったのだ。 こんなどうでもいい所で躓きたくはない。石も人も躓いて坂道を転がり落ちればノンストップ。 行きつく先すらも分からない。肥溜めとかだったら最悪だ。 うんうんと独り言ちる帆高のどや顔を見詰めながら、呆けていた大貫だがそこにタイミング良く戻って来た律がくりっと眼を動かした。 何とも複雑化している空気を感じたのか首を傾げるも、当たり前のように帆高の隣に座るとこれまた大貫がぎょっとしたように肩を跳ね上げる。 「まだ肉来てないの?」 「あ、はい。ドリンクはそろそろ来るかと」 帆高もまさか大貫と一緒に居てこちら側に座るとは思っていなかったのか、文字通り心臓を揺さぶられる様に動揺するもそれをぐっと表情には出さずに全力を持って抑え込む。 世の大人達はこうやって日々生きているのだろうと思うと、今から心労しかない。 「お待たせしましたっ!!親から電話で、」 次いで勢い良く電話から戻った大海は、空いている席を確認すると喜びとも羞恥ともつかぬ、色々な意味で蕩けそうな表情をしたまま大貫の隣に座ると言う独り勝ちを肉より前に味わうのだった。
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