それはそれ、これはこれ

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付き合う、と言っても一体何をすればいいのだろうか、と考え続けて一週間。 あれから然程律との関係は変わっていない。 生活の中で連絡を取り合うと言えばバイトの業務連絡くらいのもので、それ以外は時折『おはよう』だの『おやすみ』だのと入ってくるくらいだ。 一度はこちらから『何してますか?』くらいのジャブは見せた方がいいものかとも考えた帆高だが、いざスマホを前にすると指が動かない。 (面倒だとか…思われたら嫌だなー…) 顔を合わせるのもバイト時のみ。 一緒に帰ったりもしているがバイト疲れもあったり、課題があったりと寄り道無しの健全な友人関係のようなものだ。 ハグもあれ一度きり。 (なんだかなー…) 別にハグがしたい訳では無い。 くどいようだが帆高にとって律は推しと言う確立したジャンルのヒエラルキーの頂点。 恋愛感情なんてもっての他。 ただ帆高の話す事に、ふっと笑ってくれたり、仕事が上手く行った時に頭に手を乗せてくれたりするのが酷く心をざわつかせ、多幸感を上げてくれるくらいのもの。 (―――色んな意味で罪な男だわ) 同性の帆高でさえ、ドキリとするさり気ない行為。 あれで落ちない女性なんて居ないだろう。 なのに何故自分と付き合うなんて言っているのだろうか。 思い当たる節があるとすれば、 (ぜってー…見過ぎてたんだろうな) 凝視し過ぎていたのかもしれない。 しかも、カッコいいだとか、顔が良いだとか、そんな事をかなりの熱量の籠った眼で。 「ちょっと、帆高。早く食べちゃってよね」 「え、あ、あぁ、」 はっと顔を上げれば、右手は掃除機、左手はダンベルを持った母がまだ手を付けていない朝食を前にした息子に怪訝そうな顔を向けている。 「ごめん」 後片付けも出来やしない。 無言の圧を受け、帆高はトーストを口の中へと捻じ込み、両頬をパンパンしながらコーヒーで流し込むと両手を合わると椅子から立ち上がった。 「御馳走様」 「あ、帆高。あんた今日遅くなるの?」 「ん?ああ、そうそう」 「じゃ、今日は晩御飯要らないわねぇ」 「そうだな」 「私も今日は今からオフ会なのよねぇ、もう楽しみっ」 どうやら母も本日は応援しているアイドル達を支える猛者達とのオフ会らしく、うふふふっとスキップも軽やかにダンベルすらもハリボテかの様に見えるくらいに浮かれている。 ひとつ五キロくらいあるのだが。 「もう、今から楽しみだわー。やっぱり好きなモノが一緒なのってストレス無く話せるから最高よねっ」 「ふーん」 帆高と言えば本日はバイト先の歓迎会。 社長のコウが主催と言うのもあり、まだ顔を見た事の無い従業員からバイトまで全員の出席となったらしいが知らない人間だらけの中でも律が一緒と言うのは矢張り心強い。 「だけどねぇ、その中の一人が同担拒否っぽい子が居てさぁ、どうやらリアコ拗らせてるらしくて」 まだ母の話は続いている。 家を出る準備をし、ふんふんと適当に相槌を打ち、トートバッグを肩に掛けた帆高だが、ふっとその顔を上げた。 「…………リアコ?」 「そうなのよぉー、マウントも取りたがるしねぇ」 現実とアイドルの区別が分かってないんだわ、と頬を膨らませるも可愛くないのは仕方ない。 大体現実とアイドルの区別ってなんだ。いや、そこでは無いのだ。 ――――――ふぅーん……… * 「リアコ、か」 「は?里佳子?誰?」 声に出ていたらしい。 講義を終え、現地集合と言う事で律と共に歓迎会が開かれる創作料理屋まで向かう途中、脳内に浮かんだ言葉がそのまま外へと声になって放出してしまった帆高の喉からぐっと詰まった音が鳴る。 「いや、リカコじゃないです、えっと、リアコ、って」 相変わらずさらりとした藤色の髪は傷み等ひとつも感じない。 それを掻き上げる律は今日も麗しく、じっと見詰められると顔に熱が集中してしまう帆高は誤魔化すようにへらりと口角を上げた。 「リアコ?あぁ、アイドルとかに恋するってやつ?」 「それです、それ」 律に浮かぶのは微笑。 見惚れてしまいそうなくらいに、うっそりと。 「好きなアイドルといんの?意外」 「い、いや、俺じゃないですよっ!」 推しは律ただ一人。それ以外にブレる事なんて無いと胸を張って言える。 舐めないで頂きたい。 ましてや、リアコなんて。 「そう?でもまぁ、そうだよな。リアコなんて居たら浮気だよな」 「――――……ぁー…」 どうやら交際はきちんと現在進行形で継続されているようだ。 まさかの律から『浮気』なんて言葉を聞く事になるとは思わなかったが、それ以前にリアコが居る事が浮気になると言う彼の認識にも驚きだ。 リアコ、イコール、現実では無理な相手、と言うのが帆高の中で出来上がっているから余計に。 恋が実る相手は決してリアコとは呼べないと――。 (えー…何か、そう言う感じ、なんだ……) ――――可愛いかよ。 きっとこの場に誰も居らず、自分の部屋だったりなんてしたら、もんどり打って卒倒しているかもしれない。 帆高の頬がひくひくと引き攣る。 にやけてしまいそうだ。 (何だよ、それー…めちゃ可愛いくね?意外と嫉妬深いとか?) 嫉妬深い律なんて想像が付かない。 これがギャップ?それとも計算? まだ知り合って日も浅いと言うのもあるのだろうが、この容姿で嫉妬してくれるなんて、帆高の中では今迄可愛いなんて形容詞はゴールデンハムスターが一位だったと言うのに、瞬時にそれは塗り替えられた。 「ゆ、優勝ですよ、律さん…っ」 「は?何が?」 ぐっと握られた拳は限りなく固い。
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