その衝撃は皿が割れるよりも

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* そうしてやって来た土曜日。 待ち合わせ先には既に大海の姿が。 もうすぐ十一月になるだけあって肌寒いと、先月購入したセーターを着こみ、むふっと小鼻を膨らませている。 「帆高っ、早くっ」 「お待たせ」 早く早くと急かす大海におざなりな返事を返すも、帆高自身もドキドキと高鳴る心臓をひっそりと隠す。 (あのイケメンに会えるといいなぁ…) ここ数日間色々と考えてみるも、気付けば彼の事を無意識に思い出しているのだからどうしようもない。 普段からそんなに人の容姿を気にもした事が無いだけに、もう一度じっくりと見れば気が済むのでは、と思う様にもなっていた。 「そういや、何で大貫って苗字は知ってんの?」 「え?誰かがそう呼んでたから、勝手に聞いて知ったって感じ」 「…こわ」 他愛無くも無い話をしつつ、目的地を目指す。 カフェは勿論、ファーストフード店やドリンク専門店、雑貨やインテリア、文具店等、多種多様な通りの一角。 クラスの女子達が美味しいケーキ屋があるだとか、大福が最高の店が良いだとか話をしていたが実際こうして目的を持ってくる事はあまり無い通りだ。 現にすれ違うのは矢張り女性が多い。 当たり前にカップルも。時折スイーツ男子だか、スマホ片手に検索する同性も居る事に妙にホッとしてしまう。 「つか、大海さ」 「何?」 「今更だけど、男が恋愛対象なのか?」 「正直言えばよく分かんねー。憧れかもしんないし」 「ふーん」 「何、気持ち悪い?安心しろよ、お前はタイプじゃねーよ」 「タイプって言われたら膝から崩れ落ちてたわ」 「………」 「………」 ヤマアラシ同士の本当に他愛無い話。 そうして、着いた先の扉の前で二人ごくりと喉を上下させると、大海がドアノブに手を掛けた。 オフホワイトの壁紙が眩しい、と言うのが第一印象。次いで木目を活かしたブラウンのカウンターに色を揃えたテーブルと椅子。 窓際はソファ席もあり、テラス席はナチュラルな色合いのテーブルセットに色とりどりの花が囲ってある柵に吊るされている。 ラックには絵本のような本が置かれ、飾られているのは絵画のような美しい絵。 明らかに男子高校生が好んで向かうカフェでは無い。 若干の場違い感を感じつつも、『いらっしゃいませ』と人の良さそうな初老の男に促され、窓側のテーブルへと案内された帆高は大海と共に席に着いた。 まだ開店して間もない為か客はまばらだが、それよりもときょろきょろと周りを見渡す大海が首を竦める。 「何か…大貫さん、いなくね?」 どうやら入店時から、すぐにチェックは始まっていたようだ。 帆高もメニューを見つつ、ちらりとカウンター側を見遣れば先程の初老ともう一人バイトらしき若い男の後ろ姿。 あの体格の良さは見受けられない。 「シフトがあるか、もしかしたら最悪休みとかかもな」 「えー…じっくり見たかったなぁ」 「まぁ、折角だから早めのランチでもしてよーぜ」 「そーだな…」 あからさまに肩を落とす大海が唇を尖らせながら、メニューからホットサンドとオレンジジュースをチョイス。 帆高もコーヒーとロコモコと言う、人の金での食事を楽しもうと早速注文し、ようやっとテーブルにあるお冷に手を伸ばした。 自分では気付かなかったが意外と喉が渇いていたのか、一気にそれを流し込む。暖かい空調の中、ひんやりとした水が体内を流れて行くのが心地良い。 「んで、今日会えなかったらどーすんの、お前」 ちらっと視線をやれば、眉間に皺を寄せた大海がうーんと腕組みしながら斜め上を見上げる。勢いのまま行動するタイプの幼馴染は行き当たりばったりが多い。 子供の浅はかな思考と言うべきか。 この後の事も考えていなかったようだが、深い溜め息を吐くと、 「まぁ…今度は居るのを確認してもう一回来る」 諦めの悪さを見せてくれた。 「そっか」 「また一緒に来てくれるだろ?」 「奢り?」 「出世払いだ」 チリンっと軽い音が鳴る扉の開閉音。 段々と店内も賑やかになってくる中、運ばれてきたランチに両手を合わせる。 (でも、俺もまた来るんだろうなー…) だって、例のイケメンも居ないのだ。 会えない確率の方が高いのは分かっていたが、チリンと鳴る音に釣られ、視線を遣る先にお目当ての人物は居ない。 もしかしたら見掛けた時間帯に来た方がいいのかもしれない。今更だが夕方に来れば良かったなんて肩を竦め、コーヒーを飲む帆高だが、若干死んでいた目がきらっと輝いた。 (え、これ…うまー…) 正直コーヒーの味なんて違いが分かるのかと問われればノー。そんな違いの分かる大人の男では無い。 しかし、この店のコーヒーが旨いと言う事だけは自信を持って言える気がする。 ホットサンドを齧る大海も先程までのテンションが嘘のようにモリモリと口内へと納めている。 「うま、ここ旨いー」 「うん、旨い」 思いの外美味しい店を見つけてしまった。 イケメンには会えなかったが、これだけでも得したようだと頬をぷくぷくさせながらロコモコを完食した帆高は少し丸みを帯びた腹をさする。 「ま、次の機会って事で」 「だな」 食事も終えた今、いつまでも居座るにはいかない。しかも今日は土曜日。客も多ければ、回転も早い方がいいだろう。 だが、 ーーーチリン、 と、音が響いた瞬間、伝票を持った大海の眼が大きく見開かれた。
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