それはそれ、これはこれ

5/7
前へ
/87ページ
次へ
「どうする?このままする?」 「ぅ、ぉ…………」 今更だが顔面が近い。 近いだけならいいけれど、強いのだ。顔の良さが強い。日本語としては適格でない表現かもしれないが、今の帆高の中ではこのワードしか無い。 「あの、やっぱ、俺、」 どうしよう、正直帰りたい。 律と一緒と言うのは嬉しい。距離が近くなればなるほど、楽しいとも思える。 だが、これ以上近づくのはどうだろう、と、冷静に静止を掛ける自分が居るのもまた事実なのだ。 律の気持ちも分からないが、自分自身が一番分からない。 一体どうなりたいと思っているのか、何を希望しているのか。 『だったら、さっさと断れよ。お付き合いも無かった事にすればいいんじゃね?』 何処からともなく自分の声でそんな助言も聞こえてくる。 確かにその方が互いにとってもいいのかもしれない。 あまりに推しとして熱い眼差しを送っていた帆高に気付いた律が同情で付き合ってくれていると言う説もある。 ――――何故なら優しいから、だ。 吉木律の良い所は顔だけではない。 優しい性格に穏やかな物腰と面倒見の良さ。 そう、もしそうだったら何たる失態。 推しにあるまじき事を指せている事になる。 「帆高?」 あぁ、覗き込む顔が百点満点。 口元が緩みそうになるのを必死で抑える帆高の気持ち等、欠片も分かっていない、きょとんとしたその顔が次第に曇り出した。 「何か、言いたい事あんの?」 「―――い、え、」 馬鹿、俺の馬鹿。 顔を赤らめている場合では無いのだ。 あぁん、顔が良いぃー、なんてやっている場合では無かったと言うのに、屈してしまった帆高がぎりぎりと歯を食いしばるも、 (いや…待てよ…) この律は軽いとは言え、酔っていると思われる。 ならばこんな時に何を言っても仕方が無いのではないだろうか。きっとこちらが切々と説明を述べても、求めても、きっと何も進む事は無い様な気がする。 しかも、 「ほたか?」 「――――…」 す―――――っと吸えるだけ吸っておかないとこれは酸欠になってしまう。 困った風に眉を寄せないで欲しい。 その首こてんは凶器だ。そう、狂気に走らせる。上手くも無いけどなっ なまじデカい身長をかがめる姿が健気に見える。 不安そうに唇を尖らせるとか死者が出る、止めて欲しいっ 色々と出てくる感情だが、結局総じて言いたい事はただ一つ。 (か、わいい…!!!) きゅんきゅんしてしまうとはよく言った物。 今なら高校時代にろくに会話も出来なかった女子とスタバのコーヒー片手に、はしゃいでトークの一つや二つ出来そうだ。 「わ、わかりま、した、」 「…は?」 「で、でも、そのお恥ずかしながら、俺は、き、キスは…初体験で、御座いまして、」 優しくしてね♡ とまでは流石に言わないが、初心者用のモノをお願いしたい。 触れるだけのものだとか、 ――――なんて、 ガっ 「…へ、」 頬を撫でていた細く長い指ががっしりと顎を掴む。 今迄の滑らかな動きとは、違う、無骨で性急な動作にびくっと身体を強張らせた帆高に襲ったのは影だ。 いや、黒い影だと思ったのは、目の前いっぱいの律の顔。 (………は、) そして、ぽかんと開けた侭の口はそのままに、ふにりとした柔らかい感覚とは反対に少しカサついた感触に思考が止まる。 ――――――止まっている場合じゃ、ない。 「ん、っ、…!!!」 キスをされている――――? 違う、少女漫画をしたい訳じゃない。 キスされている事は分かっている。至近距離なのはしっかりと唇を合わせているからであって、ここで『カマトトぶってみた』なんてしたい訳では無いのだ。 ただ、ただ、言わせて頂ければ、 「ちょ、り、むぅ、ぅ、!」 結構ながっつりとした、キス過ぎる。 顎を掴まれている為に、閉じられる事の無かった口をここぞとばかりに噛みつかれた様なそれ。 その上、当たり前のように角度を変えながら入り込んできた律の舌に悲鳴を上げそうになるも、その悲鳴すらも飲み込むかの様に帆高の舌を吸い上げてくれる。 初心者だと申告はした筈。 最初は触れるくらいの軽いものでと思っていただけにこのキスは頭を殴られたくらいに強い衝撃となり帆高に混乱を招く。 あっさりしたものが食べたいから雑炊を注文したら四種のこだわりチーズを使用したグラタンが届いたくらいの戸惑いだ。 だが、ぎゅうっと腰に回された手に力を込められると身動きも取れない。 細いけど力強いんですね、筋肉はそれなりにあるらしい、と新たな知識が増えたと今は喜ぶ事も出来ない状況に帆高の眉間にも皺が寄った。 更に、帆高の混乱はそれだけに終わらない。 (や、ばい…っ!!) 熱が集中する。 最初は顔だけだったが、その熱が分散され再び集合したのは、下半身。 男の子なら仕方ない、そこだ。 経験が無い為に今受けているキスが旨いのか、いや、上手いのか下手なのかなんて査定なんて出来やしないのは前提として、それでも分かるのは、 (き、気持ち、よくなってきた…!) 律のキスが溜まらなく快感をもたらしてくれると言う事。 膝ががくがくと震えそうになる。 腕から力が抜けそうになる。 アルコールの匂いも加わり、頭がぼんやりと動きが鈍くなっていく。 元々動きの良い頭ではないが、じわりと眦に溜まった涙に帆高は今更情けない気持ちになってしまう。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2568人が本棚に入れています
本棚に追加