白いテープの行方

2/9
前へ
/87ページ
次へ
「アイツ、どうせ大貫と一緒に居たいって思ってるだろ?」 「…アイツ?」 アイツはどいつ? 面白みの欠片も無い事を一瞬思うも、すぐに浮かんできたニヤけた大海の顔に帆高は、あぁっと手を打つ。 「まぁ、そう…でしょうね…」 なんせあの男は確固たる信念で大貫を狙っている。 大学内でも大貫から来たメッセージを読んでいる時はすぐに分かるくらいに、嬉しそうな笑みを見せるのだから、友人としての贔屓目を無しにしても応援は続けてやりたい。 「テント、一緒が良いって話だよな。この間の様子を見てると」 「―――――……」 もしかして、一緒に買い出しに行った時、テントのくだりを話をしていた大貫と大海を観察していたのだろうか。 (いや、十中八九見てたんだろうな…) 四人のキャンプでテントが二つ、それに気付いた大海のキラっと輝いた肉食獣のような眼を。 本人ではないが、幼馴染のそんな下心を悟られ、何故か帆高の方が共感性羞恥にも似た、気恥ずかしい気持ちになってしまう。 うぅ…っと小さく埋めきながら顔を伏せるも、 「――つか、俺等的にはそっちの方が都合がいいよな」 「…へ?」 「何?帆高は俺と一緒じゃ嫌な訳?」 「い、嫌な訳、」 無い無いっ!! そんな事ある筈がない。 千切れんばかりに首を振り、 「嬉しいですよ、むしろっ、ご褒美って言うかっっ!!!」 声まで張り上げ、しかもしっかりと右手で律の腕を掴んだ帆高は、はっと肩を跳ねあがらせた。 普通に心の声を出してしまった―――。 ご褒美ってなんだ、ご褒美とは。 多少たじろいだ様子の律の眼がくりっと動くのを見遣り、さぁーっと血の気が引く、と言うよりも抜かれていくような感覚に襲われ、律の腕を掴んだ右手を引き剥がそうとするも指先に力が入らない。 『いやぁぁぁぁ!!!いきなりのオフショットぉぉぉぉ!!天国かぁ!ここが天国かぁ、あ?極楽?どっちでもいいわぁ!!!今日一日を頑張ったご褒美がきたぁああ!!!!』 混乱している。 母親が悶え転がりまわっていた二か月前の記憶が今、これまた走馬灯のように走り去る。 「いい、いや、あの、」 言い訳を、何か言い訳をせねばと焦るも変態的心情はあっさりと出て来たにもかかわらず、こんな時には何も出てこない。 もうひとつ言わせて頂ければ、どんな顔をしていいのかすらも。 笑えばいいと思うよ、なんてどっかの誰かが言っていたけれど、これで引き攣った笑みなんて見せたら、とうとうどこに出しても可笑しくない公式変態へと繰り上がってしまいそうだ。 しかし、 「――あはは、」 口元に手を当て、笑う律が背中を丸める。 あははははっと声を出し、ひとしきり笑うのを見詰めるだけしかできない帆高だが、少しずつ指先に感覚も戻り、律の右腕から掴んでいた指がするりと離れていく。 けれど、その手をしっかりと掴まれ、大きく跳ね上がる肩。 「本当、帆高って何て言うか、不思議って言うか、面白いって言うか」 掴まれた手から伝わる律の体温が心地よい。 「…面白いと思って頂けたら…嬉しい、っす」 気持ち悪いよりも断然マシだ。こんな滑稽な姿で笑って頂けるのであれば、本望。 笑われた事に若干の羞恥はある為に、むぅぅっと唇を真一文字に結ぶ帆高だが、それでも安堵の方が大きいのは確か。 握られた手もそのままに、肩の力を抜けば少しだけ痛みが残る。どうやら肩に無駄な力を入れ過ぎていたらしく、ジン…っと痺れにも似たそれにひっそりと眉を顰めた。 「やっぱ、なんか――、」 「―――は、」 本日二回目のキスは、所謂結構がっつりめ。 人気が無いとは言え、往来のど真ん中。 そんな事を行き成りされ、一体どんな顔をしてしまったのか、唇を離した律がまたぷっっと勢い良く噴き出す。色んな感情がごちゃ混ぜになる帆高もぷるぷると身体を震わし、握った拳は固い。 「こ、こんなとこで、いきなりはズルいっすよっ!!」 「ズルいって何、あははっ」 長い髪を掻き上げて大口を開けて笑う姿も美人とか、それもズルい。 (いや、マジで、) 唇を尖らせる帆高の眉間の皺が深くなっていくのに、それ以上に笑う律を見ていると昂る感情。 (笑っているのが、嬉しい) 前に感じていた薄い壁。 どこか一線引かれていたような、生身に触れられないような、それが今は感じられないのも、酷く動揺させてくれる。 「帆高、八月は予定あんの?」 「別に…あんま、特別な事は…」 「そう。じゃ、キャンプはいいとして、俺等だけで出掛けよう」 小さな子供のように尖らせていた唇がふっと隙間を作り、眼も見開く帆高へと律の笑顔がクリティカルヒット。 少しだけ頬が赤い様に見えるのは、気の所為だろうかとも思うがひっそりと藤色の髪の隙間から覗く耳も赤く色付いているかに見える。 「で、でーと、と言う、もの、でしょうか、」 間違いだったら恥ずかしい。 勘違いだったら困らせるかもしれない。 「――そうだよ、デート。二人だけで」 察しろよ、と手を握られ歩き出した律に慌てて小走りに帆高も付いていくも、これも神の造形美と言わざるを得ない耳が夜目でも分かる程に真っ赤になっているのが、今度こそはっきりと見えた帆高の耳も熱が感染したかのように、赤くなっていった。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2565人が本棚に入れています
本棚に追加