白いテープの行方

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(う、) 嘘臭い… 帆高の中で瞬時に出て来た言葉はこれしかない。 嫉妬と言われればそう取れる。 何故ならそんな風に見えるからだ。 何を見てどう思ったかは知らないが、大貫に対して帆高が恋慕しているように見えたから、と言う理由で。 けれど、何だか違うと十九年培った、大したことのない経験が言っている。 本能的なものかもしれない。律のこの感情の無いモノ言いと態度から感じ取っているのかもしれない。 「あ、あぁ…、」 この場合どう反応していいのやら。 狼狽しつつ視線を彷徨わせる帆高の頬が引き攣る。 嘘だ。 紛いものだ。 と、理解していても、 (へ、へぇ…そう言う事、言えんだぁ…男前は違うわ…) にやぁ…っと締まりのない顔になってしまう己が情けない。 いや、にや、なんて可愛いモノでは無いかもしれない。 ねちゃりとした粘着質なイメージのそれ。 さぞかし気味の悪い表情を披露しているのだろうが、一度緩んだものは締まらない。 垂れ流しと一緒だ。 「何考えてんの、ブスな顔になってるけど」 「………」 例え何と言われても。 けれど、ここでニヤけていても進まない。 こほっと咳払いひとつすると、帆高はまた少しぶすくれた律の手を取るとそれをぎゅうっと握りしめた。 見様によってはビジネスマナーの握手の手本のようなそれだが、日本人がするようなお辞儀を交えたなようなものではなく、視線は上、真っ直ぐに律を見詰める。 「誤解、させてすみません。けど、まじで俺別に大貫さんに変な気持ちは無いんで」 正真正銘、混じりっ気のない純度百パーセントな気持ち。 若干の意味合いの違いはあれど、嘘偽りないものだ。ふんっと荒い鼻息までセットでもってけ泥棒である。 しかし、 「俺には?」 「はい?」 「俺だけ?」 あぁ、そう言う事か…。 見詰める眼が揺れる。 感情の無いものではない、でも、そこにあるのは確かに読み取る事が出来ない複雑な色。 「そう、っすね…律さんだけです」 「そう」 だからだろうか。 ストレートな言葉を伝えれば、そこに宿る安堵が濃く見える。 何が彼をそうさせているのか、なんて今更だ。 知りたい訳じゃない。知ろうとしている訳でも無い。 こうやって恋人として振舞ってくれる意味があるのか、無いのか、そこは気になってしまう。 人間たるもの常に好奇心と探求心、向上心は持ち続けているのだから。 「帆高」 「ういっす」 「キスして、お前から」 「…………ぉー…」 ほら、こういう時にそう言った物だって役に立つのでは? 律にされたキスを思い出しながら、恐る恐る唇を近づければ、ふふっと笑われた気配を感じるも、やけくそだと言わんばかりにしっかりと目の前の形の良い頭を両手で掴んでやるのだった。 「あれ?お前なんか唇腫れてね?」 「――…何かにかぶれたかも…」 「あー山だもんなぁ、気を付けよ」 ―――――なぁんて、ね… (まさか、返り討ちにあった、とは流石に言えねー…) 言われた通り、帆高の方からキスしてみたはいいが、何を思ったか最終的に主導権を握ったのは律の方。 律の頭を掴んでいたと言うのに身体中の力が抜け、右手は辛うじてシャツを掴んでいたものの、左手は添えるだけと言う。 (どこのバスケ漫画だ…) おかげでたっぷり吸われた唇はほんの少しではあるがヒリヒリと痛みを伴い、律が集めた薪と共に帰還となってしまった。 「つか、テントばっちりだな」 「そうそうっ、大貫さんがあっと言う間に組み立ててくれてさぁ!」 自分の事のようにニコニコと嬉しそうな顔を向ける大海の頭を撫で、ふぅんと笑ってみせるも、 「で、お前は何してた訳?」 しっかり、きっちり。 寸分の歪みも無く建てられたテントを前に殆どが大貫がしてくれたのだろうと言うのは想像がつく。 ならば、この幼馴染は一体何をしていたのか。 「お、俺だって、色々してたわっ!米の準備とかっ」 ほら、っと見せられたのはザルに入れられた洗ってある米。その他にも野菜や冷凍されていたのであろう肉がクーラーボックスから出されている。 「はーん…なるほどな」 「けど、俺殆ど自炊した事ねーから…料理は役に立たねーかも…」 不安気にそう呟く大海を横目に実を言えば帆高もそんな自信等は無い。  アイドルに狂ってるとは言え、母の家事は完璧。掃除洗濯もパート前に推しの曲に乗り勢いよく終わらせ、当たり前だが料理だって然り。 「また大貫さん頼りかもな…」 申し訳ないとは思いつつ、食材を備長炭にするわけにもいかない。 ふぅっと洩れた二人分の溜め息は真っ青な空へと昇り上がる。 と、そう思ったのも束の間。 テーブルに乗ったおにぎりにベーコンエッグ。玉子スープまで並べられると帆高と大海は呆然とそれらを眺めた。 「うま、そう」 「おう…」 (って…言う、か、) 「何ぼさっとしてんだ?座れば?」 椅子を引いてくれる手を眼で伝う。 「何?」 「い、いや、」 これらを作ったのは、律だ。 (この人何でも出来るじゃん…) いざ昼食作りとなり、戸惑う帆高達を他所にさっさと手際良く事を進めていった律の動きはそれはそれは早いものだった。 大貫が火を起こしている間に洗った米を炊き、次いでフライパンにベーコンと卵をセットするとすぐにその隣で鍋に調味料と野菜を切りながら入れるとスープが完成。 炊き上がった米も型等使わずにぽんぽんと玉を転がすように作り上げると、いつの間にかこの状況が出来上がっていた。 「律の飯うめーから」 しかもカフェ店員である大貫のお墨付き。 どんだけキャラが濃いのか。 あまりの豊富さにキャラクターブックなんて作ったら広辞苑並みの厚みになりそうだ。
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