白いテープの行方

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確かに食事は美味いものだった。 律の家に泊まった際はいつも朝食のみ。トーストとやたらとドレッシングの旨いサラダくらいだったので有難いと思うくらいで気にも留めなかったがこんなにも料理が出来るとは。 両手に握り飯を持ち、食いしん坊アピールの大海と大貫を横目にもっさもっさと頬を膨らませる帆高は玉子スープをひとくち。 真夏に熱いスープなんて、と愚痴なんて欠片も出てこない。 意外な一面が見れたと首を竦める中、 「うまい?」 「うまいっす」 「バイトでたまに晩御飯作っといてッて言うのもあるから。お前も次第に出来るようになってないとな」 「マジかぁ…」 笑う律から空いた皿にベーコンが乗せられる。 「つか、朝出してたサラダのドレッシングも俺の手作りだったんだけど」 「――へ、」 一瞬何を言われているのか分からなかった帆高のぽかんとした顔と開けっ放しの口が真っ赤になりながらゆっくりと歪み、ねじ切れるのではないかと言う速さで大海と大貫の様子を確認するのを見遣った律は、また楽しそうに声を上げて笑った。 昼食を終えれば、川だ、釣りだ、素潜りだ。と、ホップステップジャンプのリズム感で元気よく飛び込んで行ったのは大貫だ。 それに続き水着も新調したのだと見ごたえの無い身体で大海も続き、取り合えず二人きりにすべく帆高はテントの中でへ移動。 昼寝に徹しよう。 瞼を閉じる前に律が誰かと電話をしている様子が眼に入ったが、意外と疲れていたらしい。 すうっと落ちてくる重力に逆らえず、すぐに身体が弛緩するのを何処か他人事のように感じた。 煩い蝉の声も、BGMのようだ。 ぐっすり眠った気がする。 いや、どちらかと言えばがっつり、と言う言葉の方がふさわしいだろう。 「す、すみません…」 「いやいや、大丈夫だって!気にするな」 あははっといつものように豪快に笑ってくれる大貫から手渡されたのは出来上がったカレーだ。 そう、がっつりと寝ていた帆高が起きた頃には既に出来上がっていた夕食。 大体いい匂いで目が覚めたと言っても過言ではない。 空腹が眠気に勝っただけで、あのまま夜まで寝ていたかもしれないと思うと情けないを通り越して気の毒でたまらない。 「魚も焼いたんだ。昼間俺と大海でとったやつ」 それはそれは。 こんがりと焼けた魚も申し訳ないと思っているのに浅ましく腹を刺激してくれる。 「カレーは吉木さんが作ってくれてさ、デザートに林檎の焼いたやつとフルーツポンチも作ってくれたんだぜ、すげーよな」 これ以上無いと言うくらいの満面の笑みの大海も眠りこけていた帆高に苛立ちひとつ持っては居ないのか、にこにこと少し焼けた笑顔を向けた。 罪悪感はあるものの、食べ物に罪等無い。 頭を下げ有難くカレーをもそもそと食べればスパイシーな香りと舌を刺激する辛みに野菜の甘味がバランス良く、そそられる食欲は底なしだ。 「うまぁ…」 大貫も身体に似合った量をさらさらと体内に入れていく。あながちカレーは飲み物と言う理論は間違ってはいないのかもしれない。 その隣でうっとりとした大海と言えば、『男らしい食べ方、憧れる…!!』くらいに思っているのだろう。 「帆高、口元カレー付いてる」 「わ、すみません、」 口の端を撫でられ、律の細い指に着いた汚れにまで気の毒さが増すも、 「ぐっ、ふっ…!!!!!」 「わ、だ、大丈夫ですかっ!!」 急いで口に入れ過ぎたのか、盛大に噎せ返った大貫の口からカレーだったものが夕焼け指すオレンジ色の空に向けて勢いよく宙を舞った―――。 * 「え、えっと、じゃあテントだけど…その、律と公文が一緒、って事でいいか…?」 先程のカレー乱舞事件が尾を引いているのか、珍しく覇気の薄い声音の大貫は視線までもが怪しい。 落ち着きなくそろそろと黒目が動く様に大丈夫だろうかと声を掛けようとした帆高だが、ぽんっと肩に置かれた手にそれを制された。 「じゃ、そっちはお前ら二人って事で宜しく」 「は、はいっ」 律から腕を引かれ、大貫と共にそっちと一括りされた大海の無駄に気合の入った返事を聞き、とっととテント内に向かって行く律の動きに無駄は無い。 「じゃ、お、大貫さん、一晩宜しくお願いしますっ」 「お、おうっ、温泉も近くにあるし、あとで行くかな」 そんな会話を背中に受け、温泉もあるのかとぴくっと反応したのが律にも伝わったのか、ふっとその唇を持ち上げた。 「温泉行きてーの?」 テント内にあるランタ灯り明りを灯し、荷物を取り出す律に釣られ、そろりと座る帆高は顎を撫でる。 「そ、そうですね、温泉なんてそう滅多に行かないし」 率直に言えば行きたい。 「いんじゃね。じゃ大貫達の後に行くか」 「え、後?そんな狭い温泉なんですか?」 まさかの五右衛門風呂じゃないだろうな。 例えどんな風呂であってもこの男ならば様になるのだろうが。 「まさか。露天風呂だったはず。それなりに広さもあるみたいだし」 「じゃ、なんで、」 もしかして裸の付き合いはあまり好きではないとか。 恥しいタイプだったら、それはそれで可愛い。 真顔でごくっと生唾を飲み込む帆高の思考は第三者から見たら中々のものだろう。
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