その衝撃は皿が割れるよりも

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「っちわー」 「あれ、大貫くん、今日は学校だったんじゃないの?」 「そうだったんすけど、結局講師と時間が合わないってなって」 「そう、大変だったね」 カウンターでそんな会話をし、そのまま椅子に座るとコーヒーを注文する男はまさしく大貫だ。 偶然の再会と言っていいのかは分からないが、ここで出会えた事に感嘆の声を上げそうになる帆高だが、それ以上に驚愕しているのは当然に大海で伝票を力いっぱいに握りしめ、見た目通りぐしゃりと潰されている。 「え、え…大貫さんだぁ…」 Tシャツにジーンズと言うラフな私服姿を見るのが初めてなのか、かっぴらいた侭の眼が瞬き一つしない。 上から下まで舐める様に見る様に恐怖が湧く。そこら辺のホラーを見るよりもこちらの方が生々しく夢にまで出そうだ。 しかも、はぁはぁと聞こえているのは幻聴なのか。 そんな大海だが、カフェのマスターらしき初老の男と話す大貫の隣をぎこちない動きで通り過ぎ、ぐしゃぐしゃになった伝票をレジへ通すとスマホ決済。 その間もちらちらと傍から見ても分かるくらいに気になる人へと視線を送る不器用さと言うか、不審さを見せ付けつつ、レシートを貰うとゆっくりと店の扉を押し外へと出た。 まるで何分も時間を掛けた様な一連の動き。 息も止めていたのか、外へ出るなり、ぷはっと赤い顔から息を吐き出す大海は大きく深呼吸をするとすぐに帆高の方へと顔を向けた。 「み、見た?」 「…見た」 幽霊に非ず。 うわーうわーっと頬を押さえつつ、扉の向こう側を見詰める大海に肩を竦めてしまう。 「見た、だけだけどな」 全く持ってその通り。ただ、見ただけではこの間看板の後ろから見ていたのと何ら変わりはない。しかも不審者具合も変わらない。 「だ、だって、流石に声掛ける訳にもいかないじゃんかよっ」 「そりゃそうだ」 声何て掛けたらそれこそ不審者確定。 警戒なんてされたら、それこそ次なんて無いだろう。 「でも声は聴けたじゃん。あんな近くでさ」 「そ、そう、だよな、声もめっちゃカッコ良かったー」 後ろ髪引かれる思いではあるのだろうが、歩き出した大海の笑顔に思わず安堵の息を吐く帆高も相当お人好しだ。 一応の目的も達成し、それなりに満足した大海と別れ家路に着く帆高は、はーっと息を吐いた。 ほんの数時間ではあるが何となく息抜きにもなった様な気もする。 美味しいコーヒーにカフェ飯。 今度は甘い物でも食べたい。 しかし、 (俺の方は駄目だったなー…) あの藤色の髪をした男。 もう一度真正面から顔を見たいと思っていたがこちらは不作だった。 尤も会える訳では無いと言う当たり前の大前提はあったが、ほんの少しのガッカリ感はある。 あーあ 吹いた風は冷たく、身体を縮める帆高の背中は丸く猫背に変わっていく。 芸能人を見たい気持ちと然程変わらないであろう、この感情。 何とも言い難いそれをひっそりと追い出すように、また溜め息を吐く帆高は家へと足速に進んだ。 その数日後、月曜日と言う誰もがテンションを上げきれない朝。 「昌幸さんだって」 「ーーーーは?」 「大貫さんだよ、まさゆき、って名前だって」 ぱちぱちっと瞬き数回。 大海から言われている事が理解出来なかった帆高はしばし脳内をフル回転させると、え!っと声を上げた。 「何、お前、名前調べたのかよっ」 まさかまたストーカー紛いな事をしたのでは?もしかして周りで聞き込み? どちらにしても不審者である事には変わりは無い。 うわ…っと引き気味に身体ものけ反らせる帆高に大海はむっと唇を尖らせる。 「い、言っとくけど、犯罪みてーな事してねーからっ!本人に聞いたんだよっ」 心外だと言わんばかりに地団駄を踏む幼馴染は、どうやら嘘は言っていない様子。 その態度に眼を丸くする帆高は首を傾げた。 「え、本人?名前、聞いたのか?」 一体いつ? 疑問しかない。 「あの、後、お前と別れた後、やっぱ気になって店に戻ったら、ちょうど店を出て来た所だったから思い切って声を掛けて見たんだよ」 「…何て?」 「カッコいいと思ってました、憧れてます、名前とか教えて貰えませんか、って」 やはり、不審者ではないか。 よく通報されなかったな、と思いつつも何も突っ込まずにその先を促す。 「そうしたら意外と気さくな人で、あははって笑ってから名前教えてくれたんだ」 外気の寒さからでは無い、頬の赤み。 それを濃くしながら、大海は照れ臭そうに笑う。 「まじか、お前すげーな…」 ある意味大貫も凄いが。 自分だったらそんな風に声を掛けられたら警戒どころか、スマホを持って即救助要請だ。 「んで、そっから連絡先も交換してさ、あの店にはバイトで入ってるらしくて、夕方からが殆どなんだって」 進行具合が追い付かない。 何故にどうなったらそこまでさくさくと物事が進んで行くのだろうか。 ここまで来ると怪しいのはその大貫の様な気がしてならない。 このご時世、あまりに人を信用しすぎるのも如何なものかと、リアルでもネットでも注意していかなければならないと言うのに。 けれど、大学は何処だ、だの、年は二つ上の二十歳だの、身体を鍛えているのは趣味だのと色々と個人情報をゲットしたらしい大海の足取りは軽やかに今にも飛んでいけそうなほど。 (ふーん…) 別に羨ましいと言う訳ではないが、いいな、とは思ってしまう。 「で、明日シフトらしくて一緒に店行かね?つか、着いて来てよっ」 嬉しそうなその笑みに、思わず頷いてしまった帆高だった。
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