白いテープの行方

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「他の男に恋人の裸とか見せたくないっしょ。ふつー」 「………」 恋人ならば百点満点の答えだろう。 だが、相手は帆高。一体何を心配する事があると言うのか。裸を見られた所で何も感じ取られる事等無い。 「そんなの気にした事も無いっすけど…」 「そんなもん?」 「そんなもんっすね」 「…へぇ」 何となく納得いっていない風に見える律に、漏れ出そうになる溜め息を飲み込み、やれやれと言わんばかりに肩を竦める帆高だが、どうしてもその顔はニヤついてしまう。 何が律をそんな風に言わせているかは未だ定かでは無いが、矢張り嫉妬されている姿と言うのは優越感でしかない。 (だって、推しからだし) 誰もが眼を瞠るくらいの美人からのお言葉。 それにこんな大して取り柄のない、普通と言って辞書を引けば出てくるような男に言ってくれているのだ。 ――余計な事を言ったらバチが当たる。 (マジで贅沢…) これ以上何かを望むなんて、無い。 こちらもこちらで、どうとでも読み取れる何とも言い難い表情のまま、律の言う通りにしてやろうと思う帆高は着替えの準備をすべく、自分の鞄を手に取った。 では二人っきりでの温泉なのかと、それなりにドキドキもした帆高ではあったものの、そこは筋肉隆々、どちらかと言えば己の身体を見て欲しいであろう男、大貫。 『よしっ!!温泉っ、温泉行くぞっ』 自分の着替えと既に上半身裸でやって来た彼は、顔を赤らめた大海を連れてやってくると、心底嫌そうな顔を隠そうともしない律を半ば強引に引き摺り入浴となってしまった。 野郎四人で温泉なんて、傍から見ればもの悲しさを感じさせるものかもしれないが一人はとびきり美人なのだから帆高にとって目の保養になった事は言うまでもない。 勿論、眼をガン開いた帆高の隣で色んな事で脳に血が昇り過ぎた男が鼻血と共に湯に沈んで行ってしまったのも当たり前の事なのだろう。 * 何度か部屋に寝泊まりしたと言うのに、野外のテント、虫の音が聞こえてくる星空の下。緑の匂いは薄まったものの、湿気の匂いが鼻に突く。 そんな最中普段とは違うこの状況に眼を覚ました帆高は数回瞬きすると、徐に身体を起こした。 バスタオルを腹の上にだけ乗せただけでも、若干暑さを感じる。 (何時…?) スマホを手探りで引き寄せ、画面を見れば0時半の表記。 疲れただろうからと21時には就寝だと健康優良児からの号令により、一斉にテントに入り、こんなに早くから寝れるだろうかと心配もあったが、それなりに眠れたらしい。 (あ…、やべ) こんな暗がりにスマホの灯りは煌々とテント内を照らす。刺激になり眠りの妨げになってしまうかもしれない。 急いで掌で隠し、電源ボタンを押し、はっと隣へ顔を向けるも、隣で寝ていた筈の律が居ない事に気付いた。 (トイレ…?) ガシガシと乱暴に頭を掻き、盛大に出る欠伸をひとつ。 覚醒しない揺れる頭。 まだ微睡の中、もう一眠りと服を詰め込んだ鞄を枕に頭を沈めた時、不意に耳に聞こえた人の声は、帆高の脳にも届いた。 (……律さん、の声…) ぱちっと開く眼は、さっきまでとは全く違う、百パーセントの全開具合。 一体何処から聞こえるのかと、暗闇に対し視覚は役に立たないと瞬時に判断したのか、静かに辺りを見回し、耳をそばだてる。 よく聞けばもう一人居るのか、律とは違う声音に帆高は首を傾げた。 (…大貫さん?) どうやらテントの前で話をしているらしい。 少しだけ黒に見慣れ始めた、普段よりも一回り小くなったしばしばとする眼がテント越しの薄らとした灯りに気付き、どきどきと入り口へ近づくと耳を当てる。 こんな盗み聞きなんて普段の帆高なら絶対にしないだろうが、気になってしまうのは律と言うより大貫の声の所為だ。 聞き馴染んでいるあの朗らかで和やかなそれとは違う。 もっと硬く、少しだけ怒気を感じるような、と妙な緊張感が帆高にも伝わり、暑さから流れ出るのとは違う汗が額から顎に伝った。 (何だ…喧嘩とかじゃないよな) もしそうだったら寝惚けた振りをして転がり乗りこもうかと真面目に思う帆高だが、聞こえてきた声に動きを止めた。 「で…お前どうしたいんだよ、マジで…公文の事どうしようと思ってんの?」 うんざりとしたような声音に自分の名が乗っている。 それに思わずドキリと身体が揺れるも、唇だけはきゅっと引き締めた。 ぽろりと声が出てしまっては元も子もない。 明らかに話題は自分の事。 聞かない方が良いと思う反面、人間としての好奇心がそれを邪魔してしまう。 心臓が煩い。 「どうするって、何が?」 「はぁ…」 わざとらしい溜め息すらもデカい。何事においても規格外過ぎる。 「何が言いたい訳?」 「…菜穂ちゃんから、連絡来てんだ」 ーーー誰? 知らない名前にそう思う帆高より先に反応したのは、律だ。 「は?だから?何で今菜穂が出てくんの?」 「だって…お前が今までの中で一番好きになった子だろ?」 ひゅ、っと鳴った息を呑む音は聞こえやしなかっただろうか。 口を紡ぐだけでは塞げない。無意識にそう思ったのか、手で口元を覆う帆高は同時に背中も曲げる。 まるで自分の存在を隠そうとするかのような仕草。 「…だから、何だよ」 低くなった律の声から伝わるのは苛立ちのみ。
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