玉子の見分け方

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朝のニュースでは今日はこの夏一番の暑さを記録するでしょう、なんて涼し気なスタジオからの情報にうんざりしつつ、バイトへと向かう。 毎日同じ仕事が続く何て事は殆ど無い。 最初は慣れない事ばかりに戸惑うばかりだったが、今は逆にそれがいい。今日はどんな依頼が来ているだろうかと思えるくらいに余裕も出て来た帆高はいつものビルのエレベーターに飛び乗った。 「おはようございます」 中に入ればいつもの如くコウが能天気な顔であいさつし、依頼書を渡してくれる、それが日課だが、本日様子が違う。 「……っ!!!!」 まず最初に飛び込んできたのは光だ。 眼を潰さんばかりの黄金の光とでも言うべきか、もしくは現代にミダス王でも降臨なされたのかと思うくらいのそれ。 両眼を覆って転がらん勢いで身体ごと後ろに仰け反る帆高だが、ようやっと目が慣れた頃薄っすらと浮かび上がった影に眼を細めた。 「…何してんの帆高」 「へ、っ、え」 聞き慣れた声にぱちっと大きく瞬きすれば、はっきりと見えたその姿に帆高は大きく息を呑む。 「え、律さ、ん」 そこに佇むのは律。 だが、いつものラフな格好とは違い、びしっと高級なスーツに身を包み、藤色の髪はそのままに、きっちりとセット。黒光りする靴も装備したその姿はまるでどこかの御曹司だ。 「え、すげ、かっこいい」 何の意図も無く、ぽろりと帆高の口から転げ出た声は律の隣に居たコウにもばっちり聞こえたらしく、何故か誇らしげに貧相な胸を張って見せた。 「だろだろ、俺のコーディネート、どうよ」 「いやいや、かっこいいっす、マジで」 推しのスーツ姿なんて正直ヨダレものだ。 普段の律も見惚れる程に目を引くが矢張りスーツと言うフォーマルな姿だとその中性的でありながらも精悍な顔立ちが引き立つ。 息切れと動悸が止まらない、今から入れる保険ありますか? 「よしよし、あ、依頼書準備してくるわ、待ってて」 額に輝く汗を滴らせ、満足そうに一仕事終えたコウはそそくさと自分のデスクへと戻るのを見遣り、帆高は改めて律へと視線を向けた。 「似合う?」 「すっげぇ似合います…。モデルみたいっつーか…」 いや、そんじょそこらのモデルでも裸足で逃げ出す勢いだ。 足を組んでソファに座り、ふふっと嬉しそうに眼を細める姿なんて靴を舐めさせていただきますの体勢に自然と入り込みそうになる。 (しゃ、写真が欲しい…) 着慣れていない所為か首元を指先で調整する、まさにその姿をカメラに収めたい。 それに、 「り、律さん、」 「何?」 「しゃ、写真一枚いい、っすか、」 「何で?」 「思い出に一枚と言うか、」 「―――は?」 「え?」 空気が固まった気がする。 何か変な事を言っただろうか。 クーラーが効いているからではない。 身体の芯から底冷えしそうな声音に帆高の身体も固まるも、それ以上に律が自身の声に驚いたように口元を押さえ、はっとしたように眼を見開いた。 「写真苦手でした…?」 「や…そう、じゃなくて、」 渋い顔を見せながら眼を伏せる姿も美しい。 美人度が高い人間にスーツなんてタダで見ていいもんでは無いと言うのに有難すぎる。 自然と両手を合わせる帆高に、律から洩れるは溜め息だ。 「思い出、って何だ、って思って」 「……いや、深い意味は無いんすけど…」 別にやましい事は無い。 いつかSNSに載せてやろうなんて勿論だが思ってもいなければ、いかがわしい使用なんて事なんてもっての外。 推しの最高の一枚を五分に一回程眺めさせていただければ本望。 「そう?」 「は、い、スマホに保存して一人で眺めようかな、なんて」 言い方をマイルドにしただけで割と言っている事は変態寄りの思考をそのままに。 しかも誤魔化そうとした為か、強張った愛想笑いに似た笑顔付きと言う。 油断すれば職質されかねない表情になってしまったのを自覚する帆高だが、そんな彼を一瞥した律はすっと眼を伏せるとくいくいっと手招きをした。 (―――……罵倒されたらどうしよう) 勿論新しい性癖が目覚めちゃう、どうしようの意ではない。 けれど、そんな帆高の予想とは違い、そろりと近付いたその手を取るとそのまま引っ張った律は自分の左腕に帆高を収め、右手でスマホを掲げる。 ―――カシャ 無機質な電子音に『は?』と、口が開いた気がするがそんな事気にもしない律はすっすっと操作したスマホを自分の胸ポケットへと。 「はい」 「はい?」 数秒とも立たない内に振動したのは帆高のトートバッグに入れていたスマートフォン。 画面を見れば律から送信されたアプリメッセージに確認をする間もなく条件反射でそこをタップすると、添付された写真に帆高の口元が引き攣った。 「……誰がツーショの自撮り欲しいなんて言いました…?」 「写真って違う訳?」 「いや、律さんの写真が欲しかっただけで…」 自撮りの恋人とのツーショット。 インスタで瞬く間に映えそうな律はイイとして、間抜けにも口を開けっ放しにしている帆高なんて、ハッシュタグ比較対象(笑)、公開処刑なんて付けられても可笑しくない。 「待ち受けにしていいよ」 「……わーい」 そんな二人の遣り取りを不思議そうに眺めるコウは、依頼書をいつ渡そうかとタイミングを伺うのだ。
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