玉子の見分け方

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女の子が好きだ―――。 それは当たり前の事だと思っていたし、見て可愛い、話して嬉しい、ひとつで二度おいしいみたいな、いつかそんな子と恋をするもんだと思っていた。 ふわふわで柔らかくて、甘い砂糖菓子の様な子だったらいいな、なんて若干分不相応の事を考えていた。 好きでもない女の子でもくっつかれるとドキドキもした。 でも、だ。 けれども…っ 今仕事とは言え、女性と腕を組むなんてしているのに。 母親以外の女性とこれまでにない密着をしていると言うのに。 (全然ドキドキしねーわぁー…) よくよく思えば最初から。違う意味で緊張はしていたが、胸にダイレクトアタック的なものとは全く違う。 それどころか、申し訳ないがどうしても律と比較してしまう。 律の腕はもう少し長くて、身長も帆高よりも高い為並ぶとどうしても頬の辺りに彼の肩が来る。 でもそれは一緒にソファ等に座って少し眠くなってしまった時等、律に凭れ掛かると驚くほどにフィットする。 匂いだってこんな甘いまとわりつくような香りでは無く、もっと爽やかで清涼感のあるもの。 好きだと思えるそれは、帆高を安心させてくれる。 普段は何を考えているのか分からないけれど、ふっと口角だけを上げる笑い方も、くしゃっと破顔させるのも、酷く心を揺さぶり、こちらのテンションも自然と上がる。 見て綺麗、話して嬉しい、触れたら落ち着く、その他もろもろのオプション。 ひとつで二度どころじゃない、その可能性は無限大。 (いらんキャッチコピーが出来た…) 昭和のアイドルか、やり手の実演販売員か。 ぐぐっと唇を噛み締め、ようやっと本日のバイトの終了の時間を迎える。 「今日は、ありがとうございましたっ」 他愛無い話を交えつつ、待ち合わせ場所と同じ公園まで戻り、依頼者の女性はふわりと綻ぶ笑顔を見せると、依頼終了のサインをし深々と頭を下げた。 出会ったときはまるで違う、緊張も解け表情も心なしか明るい。 「本当、こんな事に付き合って頂けて助かりました」 「いや…むしろ仕事なんで気になさらないでください」 帆高の方も一日一緒に居てだいぶ打ち解けたのか、眼を細め口角を持ち上げるとこちらもぺこりと頭を下げた。 「デート、楽しんで下さいね」 「はい、色々と下見も出来て、ちょっと楽しみになってきました」 ほんのり顔を赤らめ、首を傾げて。 本当に可愛らしい。 きっと誰もがそう思う仕草は女の子らしくて、微笑ましい。 「それじゃ、時間です。お疲れ様でした」 スマホから鳴り響くアラームを止め、もう一度頭を下げ踵を返す帆高に白く小さな細い手がゆらりと振られた。 少し陰り青とオレンジ色のコントラスの背景に、思わず目を細める。 (デートをバイトで経験とか、役得?) ――――でも、やっぱり、好きな人と付き合いたいもんだ、な。 (ずっと、人の頭に出演しちゃってくれたわ…) 誰とは言わないけれど。 買い物している時も、ケーキを食べている時も、コーヒーを飲んでいる時も。 特に、 『本当はバイト先では先輩で、年も二つくらい上なんですけど可愛くみえちゃうんですよね』 ―――分かるー… 『私そんなに面白いタイプじゃなくて…でも、あははって笑ってくれると嬉しくなっちゃって』 ―――分かるぅー… 『バイト終わりも待ってくれてて…一緒に帰ってくれるとか、すっごく、その、胸きゅんって言う、か、』 ―――それどこの俺の話? 依頼人の話を聞けば聞く程に何とも言えない複雑な感情が次から次へと生まれては羞恥に膝から崩れ落ちそうになったものの、よく耐えたものだ。 (いや、本当…マジで、) 恋をしている彼女の姿が自分の姿とダブって見えるのが、一番居た堪れないと言うのが大きい。 (好き、好き…かぁ) 何となく気付いてしまった。 いや、本当は気付いていたのかもしれないが、敢えて見ないようにしていたのかもしれない。 だって、それまでに何度か律を見る度に思う事はあったのだ。 ぐぅっと唇を押さえて、拳を握って、歯を食いしばって、その気持ちを発散しようと、勘違いだと、言い聞かせるように。 (好き、なんだろう、なぁ…) 『推し』と『好き』はどう違うのだろう。 卵だって生だか茹でだか、見た目じゃよく分からないのと一緒じゃないか。 割ってみないと分からないなんて、あまりに理不尽だと八つ当たり気味に唇を尖らせる帆高の肩がどんどんと落ちていく。 こんな事になっても全く分からないし、未だ答えは見つからない。 しかし、これだけは確かな事がひとつ。 (早いうちに…ちゃんと別れないと…) 然程強くも無い眼力をそれなりに強めて思う。 先人たちは言っている。 鉄は熱いうちに打て。 傷は浅いうちがいい、と。 (俺の好きが、本気になる前に…) 何となく先人達の意図しない言葉も交じっている気もするが、今の帆高の並々ならぬ決意の前にそんな事はどうだっていい。 好きな人が居る人を好きになるなんて、拷問に近い。 当たって砕けれ精神のような根性論は生憎だが持ち合わせていないのだ。 同じ卵であっても、割れて使えない生卵なんてゴメンだ。
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