その衝撃は皿が割れるよりも

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実際に目の前で見る大貫は、デカいだけだと思っていたが、笑う姿は人懐っこい大型犬のような男だった。 短く刈られた黒い髪が日焼けした肌によく似合い、スポーツマンのような爽やかさを感じさせる。 「よう、ここ座れよ」 早速大海に連れられ、促された先はカフェのカウンター席。 「何飲む?今日は奢ってやるよ」 見ず知らずの人間に奢ってもらうとは流石にと躊躇する帆高だが、遠慮するなと笑われ結局おすすめだと言うアイスティーを置かれる。 「お前達受験生なんだろ?大変だなぁ」 変に偉そぶった物言いも無く、こちらに合わせるような口調。 見た目がごりごりだけにこのギャップは意外だと帆高はストローに口付けながら目の前の男を見上げた。 確かにこれは好感しかない。 隣をちらっと横目で確認すれば、へらへらと嬉しさを隠せない大海がオレンジジュースをくるくるとストローで回している。 「あ、俺大貫昌幸、二十歳だけど、」 「あ、俺は公文帆高です、大海の幼馴染みたいな、腐れ縁的な、」 「へぇ、いいな、そういうの」 まったく悪意の無い純粋な声音。若干あった警戒心も毒気すらも抜かれるようなそれに帆高の眼もくるりと動いた。 そこからも今日は客が少ないからとよく話を振ってくれる大貫は、自分の事も並行して語る。 バイト歴は一年半。大学は近くにある芸術系。 シェアハウスに住み、自由な学生生活を謳歌しているとの事らしい。 「しかし、永瀬って面白いのな。あんな風に声掛けられたの初めてだったわ」 「でしょーねー…」 通報しなかった大貫には感謝しかない。 幼馴染が捕まったなんて話、朝飯も旨くない。 「けど、やっぱ同性から憧れるって嬉しいじゃん?鍛えた甲斐もあるってもんだよな」 男冥利に尽きたのならなにより。 (コイツの場合、憧れってのがどう転ぶかは分かんねーけどな) ははっと愛想笑いに似た笑みを浮かべながら、大貫をまじまじと見つめるが明らかに彼は同性として好意を向けられているとは思っていないようだ。 ただ純粋に鍛えた身体に憧れを持ってくれいる男子高校が居る、と言うくらいの認識だろう。 大海本人もどうなるかは分からないと言っていたくらいだ。 親しくなってから、友人関係にでも進んでからどうするかを決めてもいいのだろう。 今更同性愛がどうたらこうたらなんて思いもしない。 氷で薄くなったアイスティーはそれでも旨い。 「あ、あの、大貫さん、俺受験生なんですけど、志望校受かったら一緒に遊んでもらったりとかできます?」 「おう、いいぞ」 「わ、本当ですか、やったっ…!」 嬉しそうに喜ぶ大海に思わず帆高の口元も緩む。 何だかんだ幼馴染の嬉しい顔と言うものは嬉しいモノだ。 その後、またしばらく経ってからの事、 「やっぱ、俺大貫さんが好きみたいー」 だろうな。 言わないけれど。 昼飯のメロンパンをぎゅうっと握りしめる大海はその惨劇に気付かぬまま、頬を赤らめ、そんな宣言をしてくれた。 どうやら日々コツコツとメッセージの遣り取りやSNSのチェックは欠かさない様にしているようだ。 「いやさー、男が好きだとか言うと他の人間は引くかもだけど、帆高が幼馴染で良かったわぁー」 「何だ、それ」 「だって帆高は他人に興味なんて無いからさぁ、同性愛がどうとか何も思わないだろって思ってたけどマジ正解」 「…………へ?」 他人に興味が無い? 初めてそんな事を言われた。自分でもそんな事思った事が無いと言うのに、ぱちっと瞬きする帆高に大海は続ける。 「ほら、俺らが一年の頃妊娠した先輩と孕ませたせんせーいたじゃん。あの時も周りはいんこーだとか、犯罪だとか、だらしないからだとか好き勝手言ってたのに、お前は『二人と家族の問題だし、事情とか知らんし興味ない』とか言っててさ」 「そう、だっけか?」 覚えていないが、そう言う事もあった気がする。 でもそれが他人に興味が無いに繋がるだろうか。首を捻る帆高だが、言われてみれば今まで気になった人間や興味を持った人間なんて確かに居ないかもしれない。 彼女を作りたいだとか、思った事もないぴかぴかの新品持ちではあるのはその所為なのか。 別に魔法使いになりたい訳では無いので、これから先使用する事はあると信じたい。 (――――あぁ、でも、) だから、だろうか。 あの綺麗な男を見た時に初めて心臓がドキドキとしてしまった時。 あれから忘れられず、妙に気になってしまう、もう一度会いたいと、やたらと思ってしまうのは。 あまり人に執着しなかった反動的なものかもしれない。 ゼロか百か、無意識にそう生きて来たからこそ、百が目の前に現れて、どうしていいのか分かっていないのでは。 ある意味不器用すぎるが、今更だ。 それに結果的にあれから会えていない相手に対して、どうしようもないと若干諦めも入っている帆高はそろそろ落ち着きを取り戻している。 「あぁぁぁ!俺のメロンパンの一番美味しいカリカリ部分が粉末に…!!」 そんな声を聞きながら、自分の空になった弁当を鞄へとしまう帆高は、窓から見える曇天の空を見上げた。
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