手持ちのカードは一枚だけ

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誤魔化の蓋をしてその上からガムテープでがんじがらめに『推し』と擬態させていた気持ち。 そんな所業をしておいて被害者ぶるなんて事はしたくはない。 でも、いっそ正直に言って欲しいと思うのも、またひとつの事実だ。 もしも、もしもだが、好きな彼女と寄りを戻したいと思っているのなら、いっそ律の方から振って頂く事は出来ないだろうか。 そうしたならば、もっと清々しくきゅっと唇を噛み締める程度で、あとは純粋にその恋を応援できるのに。 大海のように、幸せであれ、と遠くから拳を握るくらい。 「あの、」 「俺等の夏休みって九月中くらいまでなんだけど、お前は?」 「え、あーっと、」 話題の転換が急過ぎる。 遠心力でガードレール下に落とされるセンチメンタルな感情に別れを告げ、帆高は口元の黒子に指を当てた。 「確か、九月の第三日曜日までだった、と」 「その期間さ、どれくらい会える?」 「―――――ば、バイト、の時とか?」 「プライベートの話に決まってんじゃん」 「ご、ご連絡いただければ、」 「は?何それ、呼べば来る訳?」 ふふっと笑う律の眼が三日月を模るのが綺麗で無意識に頷いてしまう。当たり前だが顔が良いから絆されている、とか言う訳では無い。 「無理な時は無理ってお断りはしますけど、電話とか、会いたい時に会いたいって言われたら、それだけで嬉しいじゃないっすか」 「…そう?」 こんなに綺麗で美人な癖に、どことなく漂う不器用さが可愛いと思ってしまうのかもしれない。 生活感もあまり感じられず、感情の起伏も大きくはないけれどそれ故に甘えられたりすると、助走をつけて走って来たラガーマンを真正面から受け止めた気持ちになるのだろう。 (本当…何考えてんだか) 「帆高って」 「はい」 「素直だよな」 「えー…初めて言われた…」 「でも、素直と正直って意外と違うよな」 「……へ?」 どういう意味だ? はて?と律を見上げると、苦笑いにも似た笑みを浮かべ、律がぽんっと帆高の背中を軽く叩いた。 「飯、食って帰ろう」 「あ、そう、っすね」 素直と正直は違う。 表上はほぼ同義語だが根本が違うと謂う話なのか。 それとも、 (俺の事言ってる…?) 思い当たる節があるようで無いような、気持ちの悪さを感じつつも『おいで』と言わんばかりに差し出された手に、緩みそうになる表情を劇画タッチに引き締める帆高だったりする。 * 「え、何か焼けてね…?」 「あー…海行ったり、川行ったりしてた…」 久しぶりに会った幼馴染のこんがり具合。パン工場勤務のおじさんも大満足な焼き上がりであろう肌の色に夏休みを文字通り満喫している大海に感嘆の声を上げる帆高だが、幼馴染の様子はどことなく固く見える。 「何かあった?」 一応お伺いは立てておくべきだろう。 ここは小出しにきいておかないと、後からどんっと爆発されても困る。 いきなり自室に勝手知ったる顔で入って来た大海なんて今更。風呂上りのまったりアイスタイムなのも仕方ない。 予備で購入していたガジガジ殿を渡しながら、ベッドに腰掛けた帆高は取り合えず受け身の体制を取り入れた。 しばしガジガジと受け取ったアイスを齧っていた大海だが、これみよがしの溜め息が五回目に差し掛かった時、いい加減帆高も苛立ちが募るのも仕方が無い。 「マジで何?人ん家のアイス食いに来ただけじゃないんだろ」 「何、用事がなきゃ来ちゃいけないのかよっ」 むぅっと眉間の幅を狭める大海だが、次第にその力も抜けて行くのか、少しだけ不満そうに唇だけを尖らせた。 「………女、が、居た」 「女?どこに?」 「……今日、店、に居て、」 「店?どこの?」 「大貫さんの、バイト先のカフェ、に、」 「…そりゃあのカフェ女の子ウケもいいんだから当たり前だろ」 いまいち進みの悪い会話。 何が言いたいか、その核心に触れられないもどかしさに、首を傾げる帆高に大海もそれを感じ取ったのか、眉間の皺を益々深めた。 「だからっ、大貫さんがバイト終わりに女と待ち合わせして出て来たんだよっ」 「だから、じゃねーよ、はっきり言えばすぐに伝わる事だわ」 ふむふむ、あのプロテインが主食のような人がバイト終わりに女性と逢瀬と言う事か、なるほどなる、 「――――は?」 脳内で反芻させた言葉が数分掛けてようやっと理解出来たのか、クルっと眼を丸めた帆高の腰が思わず浮く。 この反応がただの驚きなのか、それとも無礼さを含んでいるものかは本人しか分からない所ではあるが『マジで…?』と呟く辺り後者を含んでいるようである。 「だって、店が終わる一時間も前から女は店内で飲み食いしててさ、終わるのを待ってから二人で出て来て…しかも親しそうに笑い合って話もしててっ、で、その後二人で食事に行ってっ」 「…へ、へぇ」 そりゃ確かに驚きだ。 驚きだが、それ以前にお前まさか跡を着けたのかと言うツッコミはするべきだろうか。 幼馴染のストーキングに若干の恐怖を感じつつも、帆高は彼の恋心に無意識に自分を重ねる。 「そりゃ、辛い、よな」 「辛いってもんじゃねーしっ、そりゃ男同士だから当たり前に簡単にはいかないと思ってたけど、唐突過ぎないか、失恋っ!こんなの交通事故と一緒じゃんっ!」 そりゃ失恋も今から伺いますよ、と一声掛ける親切心も持ち合わせてはいないだろう。
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