手持ちのカードは一枚だけ

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「夏休みだし、バイト以外の日は遊びに連れてって貰ったりしたけど、その間に女の存在とか無いなんて安心してたのが馬鹿だったーっ」 人の家のクッションに顔を擦り付けるのは辞めて頂きたい。色んな汁が付着しそうだ。 「でもさ、ただの友達ってのもねーの?大学の」 「友達ねぇ…」 ぎゅうっとクッションを抱きかかえ、何処か遠いところを見詰める大海から洩れる溜め息。 「そう、かも、だって、あれだよな、何かあるじゃん、分かるっつーか」 「何を」 食べ終えたアイスの棒をぽいっとゴミ箱へと投げ入れる帆高をじっとりと恨めし気に横目で見遣り、大袈裟に肩を竦める大海だが、すぐにその肩もすとんっと力無く落ちた。 「あの人、全然色恋とか興味無さそうなんだよな…俺にとかじゃなくて、その女とかにも全然な感じで」 あ、 (分かる気がする) 何と例えるべきか、どうも性的な匂いもしなうえに色気も感じない。 右手に唐揚げ、左手におにぎりを持って幸せだなぁ、なんて言っている元気が取り柄のわんぱく盛りの健康優良児と等しいとでも言うべきか。 自ずとフリーイラストの素材で出来上がったその想像図に思わず、ふふっと笑ってしまいそうになるも、はぁーっとまた聞こえて来た溜め息にそれをぐっと堪えるが、 「…もうちょっと正直になるべきかな」 「へ?」 ぼそりと吐かれた低い声に動きを止めた帆高がまじまじと大海を見詰めた。 「だから、俺は貴方に好意がありますよーって、もうちょっと、こう前面に出していこうかなぁ、と」 今でもこちらが見ていて分かるレベルだったのに? 真顔で見詰める帆高の言わんとする事が分かったのか、大海は少し照れ臭そうに眼を細めるともじもじと身体を揺らす。 「いや、ほら、お前は俺が好意を持ってるって知ってるから俺の矢印が見えるかもしれないけど、大貫さんって鈍いを形にしたものがこちらです、みたいな人だからさぁ。こう、もっと露骨にって言うか、」 「はぁ…なるほど、それはあるな」 (正直、なぁ…) けれど、具体的にどうしようと思っているのか。 「よしっ!!もうちょっと頑張んぞっ!!」 すくっと立ち上がり、拳を握る大海の切り替えに若干の羨ましさを感じながら、帆高はそろりと視線を逸らした。 唐突に知らない電話番号から着信があったのは、それから数日後。 買い物をしておいて欲しいと言う依頼も終え、事務所に帰る途中の事だ。 本日は律も休み。 バイト終了後に会う約束をしている時間も迫る中、恐る恐ると着信画面の通話ボタンを押す。 「はい?」 『あ、公文?』 聞こえてきた声に自然と寄る眉。 誰だ?声の低さから男だと言う事はわかるが、それだけの情報。 怪訝そうに顔を歪める帆高の高まる警戒心からか、何も答えずに入れば画面の向こう側から慌てたような声が続いた。 『あ、あっと、悪い、名乗りもしないで、あ、俺だよ、大貫』 「へ、大貫さん?」 予想もしなかった名前に目を見開く帆高だが、確かによくよく聞けばその声は大貫のもの。 「なんで、俺の番号…」 いきなりの電話相手が大貫だと言う事にも驚きだが、それ以上に彼と連絡先を交換した事は無い筈。何故に番号を知っているのだろうかと首を傾げる帆高だが、そんな内情を読んだのか、大貫の声が早口で聞こえる。 『わ、悪い、急で驚いたよな、あの、大海に聞いてさ、』 「へ、あ、あぁ、なるほど」 『その、頼み事があって、』 「頼み事?」 連絡先の件は納得出来たものの、大貫が自分に頼み事とは? 新たに生まれる疑問は終わりが無い。 『取り敢えず俺今日お前のバイト先のビルの近くまで来てて。お前今日バイトだろ?終わったら連絡欲しいんだけど…』 「はぁ…」 あまり気が乗らないのは嫌でも大海が脳裏を過ぎる所為。 いくら幼馴染兼友人であっても好意の対象が他の人間と二人で会うなんて良い気持ちはしないだろう。ただでさえ、女性と二人で会っていただけであの情緒の乱れようだ。 そう考えたら帆高の電話番号を聞かれた瞬間の大海の顔も怖いもの見たさで拝んでみたいものだが、今すべき事はその頼み事とやらを聞く事だろう。 三十分後に会おうと簡易的な約束を結び、通話を切った帆高は足を早めるとすぐに事務所に着くなりコウへと報告書を渡し、挨拶もそこそこにビルを飛び出し、大貫が待っているであろう喫茶店へと向かった。 * 近くのスーパーで買い物をし、家で作って食べよう、と提案してくれたのは律の方からだ。 バイト終わりにそのスーパーで待ち合わせ。 少し遅れてしまった帆高が全力疾走なのは当然の事。 可愛い女の子がデートの待ち合わせに計算した上で『遅れちゃってごめんね』と両手を合わせて申し訳なさげに登場するのとは違う。 こちらは本気と書いてマジと読むやつだ。 「お、遅れて、ず、ずみませんっ」 息も絶え絶えに肩を大きく上下させる汗だくの状態。これが本当に遅刻してしまった人間が見せる本来の姿。 「何、バイト長引いた?」 スーパーの入り口に立つ男の場違いさが凄まじい。行き交う主婦や女子高生達が二度見し、どよめく声のBGMは慣れたものなのか、何ら気にもしていない様子の律が汗だくの帆高の頬に手を当てる。 「い、いや、あー…そうっすね、少し手こずって」 「そう」
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