手持ちのカードは一枚だけ

8/12
前へ
/87ページ
次へ
まさか、まさかとは思うが帆高の中に生まれた不穏。 もしかして、 『俺達よりを戻します』 宣言をする為、この菜穂と言う元カノを呼んだと言うのだろうか。 律ひとりなら抑えられたかもしれないが、二人でタッグを組まれるとなると流石に立ち直れないかもしれない。 傷心の傷口に塩どころか岩塩をぶち込まれる勢いだ。 顔に出すつもりは無いが、思わず眉を顰めてしまう帆高はちらりと律を見遣る。 さて、一体どう切り出されてしまうのか。 けれど、不安も入り混じった緊張感に拳を握り締める帆高を他所に、涼しい顔をしたまま菜穂に向き直った律は少しだけ首を傾げた。 「何してんの?」 その言葉にどうやら示し合わせた訳では無いと言う事実に帆高の眼がくるりと動く。 「な、に、って…だって、全然大貫くんを通じたって律が会ってくれないから…」 「住所、どうやって知った訳?」 「……大貫くんから」 「ふぅん。泣き落としたんだ」 え、えぇ… (それは、つまりは、勝手に家を調べて待ち伏せ、ってやつ?) そう言えば女の子には優しくしなければならないと言っていた大貫を思い出し、何とも言えない表情をしてしまったのは帆高の方。 ふんわりとした柔らかい印象の女性だが中々タフなようだ。 まぁでもそれくらいタフでないといつ帰って来るのか分からない相手を家の前で待ち伏せなんて出来ないのかもしれない。 元々大貫も律の事を心配していた一人。きっと良かれと思っての助言だったのだろう。 しかし、 「それに、近々私と話したいって、言ってたんでしょ」 「…まぁ」 「私、嬉しくて…つい、先走っちゃった…」 「だからって大貫に迷惑掛けるなよ」 「駄目だった、かなぁ…」 「相変わらず過ぎ」 矢張りこの状況、あまり宜しいものではない。 二人の間にある親しい雰囲気。 元恋人同士と言うのを抜きにしても感じてしまうそれに、何だか自分が不要な物に思えてならない。 もう飯なんてどうでも良いとすら思える。 すぐに帰りたいだとか、一人になりたいだとか、そんな逃げ道を探してしまう事にも嫌悪してしまう。 さっきまでは律の背中を押して、キューピットもどきになろうなんて思っていたのに。 ブレブレな感情も自己嫌悪のひとつ。 そんな帆高の事等気付いてもいない菜穂の頬はほんのりとピンクに染まっているのはメイクの所為だけでは無いのだろう。 律を見上げる眼がキラキラとしているのもコンタクトをしているから、なんて安易なものでは無い。 (恋する乙女、ってか) 全然自分とは違う。 これくらい好意を、誰の目から見ても分かるくらいに出せるのが羨ましくて妬ましい。 浅ましいが過ぎると言うものだ。 「まぁいいや…確かに話したいって思ってたし」 律の声にびくっと肩が揺れそうになるのを抑え、帆高はごくりと喉を上下させた。 「帆高」 「あ、はい、」 名を呼ばれただけで、声が震えそうになるも情けない姿は見せなくないと思うのも正直なところ。 あまり女々しい奴だとも思われたくない。重いとも感じてほしくは無い。 ぐだぐだで始まった関係かもしれないが、終わりくらいは少しくらい綺麗に、 ーーーーそう、理想は高く、無理でも現実は三割くらいそれに近付けたい!! 「菜穂、これ帆高」 「ーーえ、」 「……あ?」 無意識に握った侭の拳が何とも間抜け感が凄まじい。 するりと律の手が背中を押したのを感じ取り、ギョッとしたように眼を見開く帆高だがそれ以上に急な紹介に菜穂を見詰めたまま、思わず頭を下げた。 「ーーーどう、も」 「はぁ…」 帆高も動揺しているが、それ以上に戸惑っているであろう女性の顔を真正面から受け止めると言う、これ何プレイ? 何が何だか、訳が分からない。 それは勿論お相手も。 「…えっと、律、何?」 訝し気に上から下まで一通り眺められ、羞恥にも似た居た堪れなさに帆高の顔が引き攣る。だが、そんな事知った事では無いと言わんばかりの律の淡々とした声音が帆高の耳元へと。 「自己紹介、続きして」 「ーーーは…?」 この場面で? 自己紹介? この状況で? どう言う心境でやれと? 疑問がぽこぽことタチの悪いネズミ講のように頭の中で増幅されていく。 キャパオーバーが過ぎる。 「え、えー…、公文、帆高と申します…」 取り敢えず名を名乗ってみれば、菜穂が気味悪い物を見るような眼で見上げてくるのが非常にしんどい。 一体何者だと、先人のお言葉通り口より先に眼で訴えている。 そんな風に見られて興奮するような性癖なんて持ち合わせていない帆高にしてみれば、ただただ精神的にキツいだけだが、更に此処からどうしろと言うのだろうか。 いっそそんな性癖が生まれてくれないだろうか、是非この状況を至高に変えたい、なんて訳分からない事を考え出すも、 「続けて」 気が済むまでカットを入れない、こだわり強い映画監督のようなそれ。 これ以上何を言えと。 身体も強張り、声も詰まらせた帆高の背後から聞こえたのは溜め息。 (いやいや、溜め息吐きたいのこっちなんですけどっ) 溜め息どころか、リバースしてやろうか。 戸惑いが怒りに変わりそうになり、ぎっと背後を睨み付ける。 説明も受けていない、何をどうしたらいいのか分からない物を売り付けられたような、消費者庁ブチギレ案件だ。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2563人が本棚に入れています
本棚に追加