手持ちのカードは一枚だけ

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やばい。 これは紛れも無い優越感だ。 先程まで感じていた罪悪感は何処へ行ってしまったのか、にやけそうになってしまう自分に嫌悪を抱いてしまう。 (え、ちょ、待って、あれ、って事は、) 更に、首を傾げ考える事が次々と。 (律さんは、もう元カノの事なんて、思ってない…) と、言う事は、 (俺…律さんの背中を押さなくて、いいって事?) そうなると、 (……恋人のままで、いい、って感じになんのか?) でも、だったら、 (律さんの、話ってなんだ…?謝りたいって良い話じゃねーって事だよな…) やっぱ、別れるとか、寂しさのあまり恋人替わりにしていた、とか、いやでも、もしかしたら…、このまま関係継続があっても可笑しくない? 「……………あー………」 ―――ぱぁぁぁん 頭の中で鳴り響く爆発音。 そしてかっ開かれる然程大きくも無い眼。 駄目だ、帰ろう――――。 考えるよりも先に帆高の身体が動き出し、さっと残像も残らぬ速さで立ち上がると人様の家を走り回るわけにはいかないと謎の礼儀を重んじながらすり足で玄関へと向かった。 考えがまとまらない。 方向性と音楽性が迷子になったバンドくらいまとまりがない。 カードキーは取り合えずテーブルに置いて来た。オートロックマンションだ。おいそれと不審者はが侵入するのは難しいだろう。 そんな安易な考えのまま、靴を履くなりドアノブに手を掛けた、が。 それより先に、扉が開く。 「…何してんの?」 「へ、」 当たり前にそこに居たのは律。 ぱちぱちっと瞬きする帆高に首を傾げて見せる律の眼がすぅっと細くなる。 「お前帰ろうとした?」 「いえ、あの、」 つか、早くね? 衝いて出そうになった言葉を飲み込むも、帆高がこの部屋に来て五分程度。 それを考慮しても菜穂との時間なんて十分にも満たなかったのでは。 「…あの人、は?」 「帰ったけど」 「え、」 「ちょっとコーヒーでも飲もう。俺が淹れるから」 靴を脱ぎ部屋へと入っていく律の背中を見遣り、もう帰るのは無理そうだと悟った帆高も重い足取りで中へと戻る。 既にコーヒーメーカーに豆をセットする律を横目で見遣り、ソファに座る帆高は三分前と同じ場所、同じ体勢。 ついでに言わせて貰えば、当然考えもまとまっていない侭だ。 (あぁ…どうしよう…) ついつい触ってしまう口元の黒子だが助けてくれる訳も無い。 「それ癖?」 「え、」 「黒子。触るの癖だよな」 ローテーブルにカップが置かれる。 淹れたてのコーヒーがゆらりとカップの中で揺れ、湯気と共に香りも広がる。 「そ、そんなに触ってました?俺」 口元の黒子はセクシーだとか、色気があるように見えるだとか言われるが、口元の黒子の無駄遣いと言われたのは帆高だけだろう。 カップを手に取り、コーヒーをひとくち。 矢張り律の家のコーヒーは旨い。豆が良いのだろう、ブラックで飲んでも苦みがくどくなく、すっきりとした味が好みだ。 「触ってる。特に俺と居る時とか」 「へ、」 「つか、考え事してる時って感じ?」 「―――――、」 人から言われて初めて気付く事もあると言うのは知っている。 だが、そう言われてしまえば一瞬言葉を失った帆高はまじまじと律の方へ顔を向けた。 「何か言いたい事あった?」 「い、いえ、」 図星――と、言うか、思い当たる節が多すぎて何の事だか分からないと言うのが正直なところ。 律と居れば色々な事を考えた。律と居る事によって考えざるを得なかったと言うべきなのかもしれないが、おこがましくも感じるそれに帆高の頬が引き攣る。 だが、これ以上は突っ込む気は無いのか、律もカップに口を付けると静かに息を吐いた。 「まぁ、今はいいや」 呆れてるのだろうかと思うと心臓も痛い。 「……は、はぁ…」 「先に俺の話聞いてくれる?」 「は、はいっ」 空調の効いた部屋は暑くも無ければ寒くも無い。 だが、たらりと背中やこめかみを流れる汗が不快だ。 ドキドキと不穏さを感じ、帆高はごくりと喉を動かした。 「さっきの元カノで、一年くらい付き合ってたんだよね」 「……あぁ」 「大学入ってから大貫に誘われて入ったサークルの仲間として知り合って、んでサークル抜きでも遊ぶ友達になって、そっからプライベートで会って、お付き合いみたいな、普通の流れ」 いや、陰キャには絶対に無い、十分陽キャな人間関係の流れです。 言わないけれど。 拳を固く握る帆高は小さく『へぇ』とだけ呟く。 「で、正直俺モテてたからさ。高校とか当たり前に言い寄る奴とかいっぱいいて、それこそ男女問わず。でも、顔とかスタイルしか見てない奴等って本当馬鹿ばっかで俺も嫌気が差してきて」 一目惚れだとは言わない方がいいかもしれない。 「けど、アイツ、菜穂だけは何か違うって言うか。恥ずかしがり屋で嘘みたいなドジとかしてさ。天然高い計算かとも思ったけど、違うみたいで。しかも、俺の事最初は避けてて理由聞けば真っ赤な顔でカッコいいから近づきにくかったとか言う訳よ」 「あー…」 分かる。 菜穂と帆高、違った出会いをしていれば、律がどれだけカッコいいかの談議だって出来ていた筈だ。 「そうしたら、逆に俺の方が菜穂の事気になって来て。顔で選ばないんだな、って。新鮮だったんだろうな。だから俺から告白した。そんで、菜穂も泣きながら嬉しいって言ってくれた。その途端ふわって浮いたみたいに心地良いって思ったんだ。あぁ、好きだな、って」
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