手持ちのカードは一枚だけ

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「そう、っすか…」 「すげー嬉しくて今までにない高揚感つーか、今までには無いくらい大事にした訳よ。今まで周りの人間なんて家族や友達以外は卵みたいなのっぺらにくらいにしか見えなくて、誰を見ても一緒だと思ってたけど菜穂は違ってた。ちゃんと菜穂の顔もしっかりと見えて、真剣に付き合った。それまでいい加減な付き合いしかしてこなかったから大貫も驚くくらいで、半年くらいは楽しかったんだけど、」 そこでまたコーヒーをこくりと飲む律が息を吐く。 「菜穂に違和感を感じたのはそっから。例えばサークルに出てくる回数が減ったり、男友達作り始めたり、会う回数が減ったり。でもまぁ、交友関係が広くなったりだけかと思ってた。それに絶対に一日は一回連絡取ってたし」 「……はい」 どうリアクションすべきなのか考えるところだが、何が正解かも帆高には分からない。 相槌を打つだけの時間が恐ろしく長く感じてしまう。 「で、気付いたんだよな。菜穂って男友達とかと喋ってると俺の事をチラチラ見てくんの。それだけじゃなくて、『〇〇君から誘われちゃったんだけど、どうしよう』とか聞いてくんの。最後には『私の事好きだよね?』って、ここまでがワンセット」 「はぁ…」 「束縛も激しくなってちょっと連絡が遅くなると鬼電してきて、一時間くらい説明させられて、それが三か月くらい続いて、何か疲れた。可愛いって思ってた仕草も好きだなって思ってた笑顔もどうも思わなくなった頃、そんな俺に気付いたのか、菜穂がぽろぽろ泣くんだよ」 ―――もっと私の事好きだって実感させてよ、って。 「俺全然意味分かんなくって、露骨に怪訝な顔したんだろうな。そうしたら、もっと泣くの。律は全然嫉妬もしないし、興味無さそう、気を引いてるのにそれも気付かないって」 「―――あぁ…」 なるほど。 つまりは男友達を作ったりも、会う回数を減らしたりも全ては気を惹く為だったが、そうすると必然的に律の方に対して不安になり、束縛も激しくなったと言う反芻思考に陥った。 何とも負のループのお手本のようだ。 「それ聞いたら俺一気に冷めてさ。マジでビックリするくらい、すーって。聞いてもいない理由も教えてくれるんだけど、『律は女の子から人気もあるから不安だった』『好きだって思われてるって安心したかった』『私だけの律であってほしかった』とかで、余計意味分かんねーのな」 「………」 「それでもひとつ分かった事って言うのは、恋人同士で駆け引きするようになったら終わりだなって事。しかも試す様な事されたら、全然無理だわって。その場で菜穂に別れようって言って、すっぱりと消えた気持ちだったけど、だったら好きだと思ったのは嘘だったのか、って自分にも疑心暗鬼になって、それが続いてた」 「いや…律さんは悪くないでしょ」 もっと言えば菜穂の気持ちも分かってしまう。 自分には縁が無い、無理だと思っていた、だからこそ自ら遠ざけていた律が自分を好きになってくれて、付き合えるようになって、幸せだと思う反面その瞬間から纏わりつく不安。 本当に好きなのか、だとか、気にして欲しいだとか、分かり過ぎるくらいだ。 (だからって俺が恋する乙女だって訳じゃねーけど…) 「菜穂からしてみれば、納得はいってなかったんだろうな。気付けば恨めしそうに見てたし、周りから見てもあっちが悲劇のヒロインだっただろうし。色々面倒になって人付き合いも辞めた」 それだけならいいが、菜穂と律を取り成そうと口実で近付き、媚びを売る輩迄居たのだから、辟易してしまう理由には十分過ぎる。 「なるほど、」 俯く帆高にはそこまで想像はつかないが、何となく今の律に感じるものはある。 初めて大貫に紹介してもらった時の律は何ら周りに興味も無い顔をしていた。インドアだと言われていたが、ただ単に人と会うのも接触するのも億劫だっただけなのだ。 それなのに、気を遣って話してくれていたのかと思うと今更だが気の毒で溜まらない気持ちになってしまう。 うぅ…っと背中を丸くさせる帆高だが、『で、こっからなんだけど』と続く律の声にゆっくりと顔を上げた。 「人の視線って俺敏感なんだよな。だからお前が俺に好意を持ってるんだって事は分かった」 「…………さ、よう、ですか、」 追い掛けの羞恥はさらにキツい。 「謝りたいのは、こっから」 「え、」 「お前の好意、利用した」 「り、よう?」 ぽかんと口を開けた侭の帆高を見遣り、律が眼を伏せたのは一瞬だけ。 すっと眼を細めるとまた真っ直ぐにその顔を見詰めると、ソファの背凭れに掛けていた背中を持ち上げた。 「――お前は、どうするんだろう、って」 「ど、う、とは?」 「俺と付き合ったお前は、どんな感じになるんだろうって思った」 どんな感じとは? むしろどうあって欲しかったのだと眉を潜めてしまいそうになるも、そう言えば、何となく、何となくだが今の話を聞いて、思う事がある。 大貫経由で知り合って、バイトも紹介してもらって、プライベートでも遊ぶようになって、付き合うこの流れ。 「―――…あの、」 「うん」 「もしかして、…俺を使って、実験、って言うか、観察、してました…?」 男だったら、帆高だったら、付き合ってみたら、どうなるだろうか、と。 「ごめん。謝罪したかったのは、そこ」 ――――正解がこれほどまでに嬉しくない、とか。
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