その衝撃は皿が割れるよりも

6/8
前へ
/87ページ
次へ
大学に合格すれば、もっと大貫と会う事が出来る、と脳内転換されたのか、そこからの大海の勢いは中々のものだった。冬休み、クリスマスに家に来いと呼ばれ行ってみればハチマキ姿の幼馴染が問題集と宿題に囲まれ、 『…勉強、やるぞ…!』 と、帆高はそのまま部屋にホラー映画さながら引き摺られる事となった。 帆高にだけ浮かれた冬休みは送らせない。 その決意に死なば諸共なんて言葉を思い出す帆高だが、仕方が無い。結局大晦日も正月もせっせせっせと幼馴染の家で年越しそば食し、雑煮におせちと食の部分では他人の家で満喫と言う何とも不思議な新年を迎えた。 同じく大海の妹で中学三年のリア充花緒莉も流石に食事以外は自室に籠り、元旦のみ恋人と初詣に繰り出したらしいが、 『ねぇ、ほーくん。おにい、どうしちゃったの?形相違うんだけど?』 と、ついでに合格祈願のお守りを買ってきてくれたのには苦笑いしかでない。 そうした彼の努力が実を結んだのか、まぐれなのか、もしくは奇跡なのか。 無事大学の合格を確認した大海は人目も憚らず、大きくガッツポーズからの帆高に向かっての華麗なジャンプ。 最近運動らしい運動をしていなかった両足と腰だが何とか踏ん張ったお陰でそれをキャッチした帆高はふぅっと息を吐いた。 「良かったな」 「う、んっ、嬉しい…っ」 「おう、重いー…。あ、あった」 幼馴染をコアラの如く抱っこし、その肩越しに見える番号は確かに自分のものだ――――。 無事二人とも大学合格と言う事で、早速大貫にメッセージを打つ大海は興奮から来る焦りか、何度も打っては消しを繰り返し、十分ほど掛けてようやっと送信する。 すぐに返信があり、そこには【おめでとう!】の文字にぐっと親指を立てる大貫の自撮りが一枚。 厚手のセーターでも目立つ肉体美に、はは…っと乾いた笑いを浮かべる帆高とは反対に荒い呼吸が目立つ大海は小刻みに震えている。 「しゃ、写真だぁー…初めての写真…だ、大事にしよー…」 「………」 せいぜい大事に使って頂きたい。 ごくっと喉を上下させる幼馴染が何を思ってどうしようと思っているかなんてあまり想像はしたくない。 * 大学に合格したら、遊んでくれる。 大貫はしっかりとその約束を覚えていてくれたようだ。バイトのシフトを合わせ、待ち合わせした先に向かう日曜日。 「やっばー、楽しみっ」 「テーマパークとか久しぶり過ぎるよなぁ」 現地集合はテーマパーク、しかも合格祝いとして大貫の奢りだ。 大海ならまだしも、流石に自分の分を出してもらう言われは無いと一度は丁寧に断った帆高だが、『遠慮するなって』と大貫の笑顔に押され、結局こうして着いてきてしまう形となってしまった。 足取り軽い大海はきっと今日一日でもっと距離を縮めようと思っているのだろう、予定よりもだいぶ早く付いてしまったテーマパークの入口で、時折うひっと笑う声が不気味さを醸し出し、小さい子が泣いてしまうんじゃなかと心配してしまう。 時折口元の黒子を撫でながら周りを見渡す帆高はそんな事をぼんやりと思う中、 「お、早いな、お前ら」 「あっ!!」 声のした方へいち早く顔を向けた大海に続き、そちらを見遣る。 予想通りと言うか、当たり前と言うか、白いボアコートに身を包み、こちらに手を振る大貫が大股で近づいて来た。 ニット帽のその姿はバイト時の姿と違い、いつもより若々しく感じるが、隣の幼馴染もそう思っているのか、瞬きひとつせずにしっかりと眼に記憶させているようだ。 「寒いのに待たせたな、悪い悪い」 「いや、俺らが先に来ただけなんで…」 そう、気の早い幼馴染がじっとしてられず、反復横跳びなんてし始めたから。 申し訳なさげに頭を掻く大貫に、気を遣わせまいと笑みを見せた帆高はふっとその広い肩の後ろに眼をやる。 人の影。 もしかして連れがいるのだろうか。 マフラーを巻き直し、白い息を上へ向かって吐く。 「あ、そうそう。俺の友達も連れて来たんだ。ちょっと出不精つーか、インドアつーか。一緒にいいか?」 返事をする前に、すっと身体をずらした大貫の背後。 白い息の隙間から、ぼんやりとそこを見ていた帆高の眼がきゅっと見開かれた。 「こいつ、律。吉木律って言うんだけど、宜しくな」 「どうも」 一番最初に気付いたのは、ハーフアップに纏められたその藤色の髪。 次いでその前髪から覗く、端正な顔立ちは、一気に帆高の心拍数を上げてくれる。 痛いくらいに心臓の動きが早い。 前に感じた、息もし辛い、あの感覚。 「う、わ…すっげ、イケメン…」 ぼそっとそんな大海の声が零れるも、帆高に聞こえる事は無く、ただ耳鳴りに似た音が空気の冷たさに交じり、聞こえるだけ。 パーク内から洩れるBGMも楽しそうな家族連れの声も、笑い合う女性の声も、何も聞こえない。 (あ、) 会えた―――――。 ただその事実に気付いた瞬間、ぱぁんっと弾けた様にようやっと周りの時間が動き出した。 ヤバい、 ― 手足の先が熱くなるのを感じる帆高は、ごくりと唾液を飲み込んだ。 幼馴染の事は言えないな、と思う余裕も今は、無い―――。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2569人が本棚に入れています
本棚に追加