猫は笑う

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* 流れてくる音楽は店主の好みなのか、落ち着いたケルト音楽。 今時の写真映えするようなインテリア等ひとつも見当たらない、椅子もテーブルも出されたコーヒーカップすらもヴィンテージ感強めだがきちんと手入れされているであろう清潔感と余計な付加価値が無いのが逆に好感が持てる。 きっと年の割にあまり雑多としたものを避ける傾向にある『彼』もこう言った場所は好きだろう。 (今度、連れてくるかな、) 「――――おい…聞いてんのかよ、お前」 「――何だよ、煩い」 「…おまえ、なぁ…っ」 テーブルを挟んだ向かい側には『彼』とは似ても似つかないゴツイ男が一人。 ぎりぎりと子供の頭くらいあるのではと思わせる拳を震わせ、何とも言えない表情でこちらを睨み付けている。 「律、お前マジでどうかしてんぞ、最近っ」 お前の身体の鍛え方に比べたら異常でも何でもない。 最近ではとうとう主食がプロテインと鉄板ネタを作っているのをこっそりと知っている律は面倒臭そうに首を左右に曲げた。 「で、俺がどうかしてるって何でそう思う訳?」 「だから、お前が公文を利用したって話だろうがっ」 普段この男が温厚なのは知っている。 まさに笑顔が夏と言うか、今の季節にピッタリの豪快で親しみやすい性格とでも言うか。 そんな大貫が周りを気遣いながらも声を荒げる姿に珍しいと思う反面、 「は?誰が誰を利用してるって?」 聞き捨てならないその言葉に律の眼がすぅっと細く眼光が揺らぐ。 しかし、学生の頃からの付き合いの二人。そんな律の態度に怯む大貫でも無く、余計には鼻息は荒くなる。 「お前菜穂ちゃんを遠ざける為に公文を使ったんだろ?何考えてんだよ、公文に恋人なんて嘘つかせるとか、二人ともが可哀想だろうが」 「何それ」 ふふっと笑う律に益々眦を釣り上げる大貫だが、同時におや?っと感じる違和感。 だが、今律に対する違和感よりもこちらの方の問題が先だろう。 「お前がもう菜穂ちゃんの事どうとも思ってないなら、それでいいと思うよ、俺は。けど、わざわざ公文を使うのは違うだろう、っては話しなんだよ。公文によからぬ噂とか出てきたらどうすんだよ、責任取れんのか?」 はぁ…っと溜め息混じりの大貫に律はテーブルに届いたばかりのグラスに注がれたアイスコーヒーのストローをクルリと回す。 律自身、今日はバイトは休みだ。 もう今頃ならば他の学生達は夏休みの課題に本気を出さなければならないのだろうが、そんな心配もこの男には無く浮かぶのは恋人の事だけ。 帆高は本日も元気にバイトへ行っているらしく、朝から【行ってきます】なんて呑気なメッセージが入っていた。 「俺さ、」 「あ?」 話を聞いているんだか、聞いていないんだか、それ以前に何故大貫に呼び出されているのか理解しているのかも怪しい律が不意に口を開く。 「帆高って、感情豊かではあるけど感情的では無いって思ってたんだよな」 「――――は…?」 「けど、意外と激情型って言うか、積もりに積もったら爆発するって言うか、でもそこがすげー可愛いの」 「何の…話だ、え?は、何…?」 戸惑う大貫は置いといて、薄っすらと口角を持ち上げる律は長い睫毛を伏せた。 正直好みかと聞かれたならば、否だ。 これははっきりと断言できる。 地味な見た目は勿論、小柄でも無い、華奢さも柔らかさも無い、何より同じ男。 同性愛者でも無ければ、物好きでも無い。 けれど、こちらを見る眼がいつみてもキラキラとしていた。どこか照れたように顔を伏せたり、緊張したように口籠る事はあっても、まるでいつも宝石を埋め込んだかのように、眼だけは光を集めたように、キラキラと。 ―――あぁ、なるほど、俺の顔が好きな訳ね。 答えはいとも簡単に出て来た。 何故ならいつもそうだったから。 幼少期だって、『りつくんってかっこいいー』と聞こえるようなガールズトークから始まり、高校生にもなると面と向かって『律ってマジでかっこいいよねぇ、好きぃ』と露骨にアピールしてくる人間なんて当たり前に居た訳で珍しくも無い存在だった前提も売る程ある。 そんな環境で育てば人の感情にも敏感になるに比例し、冷めていく自分も感じていた律だが菜穂の件もありそれは一層より深いものとなり、人付き合いも積極的にしなくなっていた。 だけど、気になってしまったのだ。 男同士、帆高ならば、どんな風に動くのだろうか、と。 矢張り最初は浮かれて次第にどんどんと此方の気を惹いたり、嫉妬深さを見せたり、女々しい事をしてくれるのだろうか。 (――――本当、俺ってクソ) 当時の自分に会えるならば鳩尾にでも膝を入れてやりたい。 顔はやばいよ、ボディやんな、ボディを、的な所だろうが、どの道答えは一緒だっただろう。 そう、一択のみ。 意外と、これが可愛い。 緊張で眼を泳がせるのも、気恥ずかしそうに唇を尖らせるのも、たどたどしく言葉を紡ぐのも、かと思えばあのキラキラとした眼で『好き』『カッコいい』と言ってくれる姿も。 その中でも、何かを深く考える際に口元を触るあの仕草。 黒子を撫でているのだと気付いた時は、思わず笑いそうになってしまったあの癖は何とも言えない可愛らしさがある。 困った風に眉を寄せる癖に、指先だけが小刻みに動く様子は動物味があると言うか。 けれど、気付けばその癖が発動されるのは律と共に居る時が多いと気付いた時、ほんの少しだけ苛立ちを感じてしまった。
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