猫は笑う

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「別に、どうされたいとか、願望がある訳じゃ、ない、んっすけど、その、律さんとなら何でもいいって言うか、いや、ちょっと特殊な事でも頑張れば出来そうって、言うか、」 自分でも一体何を言っているのか、混乱してきた帆高の頭の中は一切まとまりが無く、途切れ途切れの言葉を紡ぐだけになっている。これで律に理解が出来る者かと不安になるが、 「特殊って?」 彼の気になるところはそこらしい。 しかも若干身体が前のめりなのが普通ならば引いてしまいそうだが、そんな律の姿もきゅん、なんてしてしまうのだからどうしようもない。 「頑張れそうなんだ」 「あー…そ、そうっすね、頑張れそう、」 律さんが一緒なら。 それくらいに律の事を好きになっているのだと言うのを話しているうちに自覚してしまう帆高の眉間の皺は濃い。 「き、気持ち悪い、とか無いっすか…?」 「無いね」 いっそきっぱりとした物言いが清々しい。 前髪を掻き上げれば、いつも以上に見える御尊顔に唇を噛み締めてしまう帆高だが、無駄に力んでいた身体が少しずつ猫背へと曲がっていく。 100パーセントでは無いが少しでも思いを告げた事により、緊張の糸のような、張り詰めていたものが喪失したらしい。 「何か、色々すみません…わかり辛い事ばかりだったとは思いますけど…」 「別に。聞けて良かったと思うし」 ふふっと首を傾げるいつもの律の癖。 考え事をする時に口元の黒子を触ってしまう帆高の癖を可愛いと笑っていた彼だが、どうもこの首を傾げる仕草は彼の癖らしい。気分が悪く無い時、むしろどちらかと言えば、ご機嫌な時に見れるような気がする。 こてっと首を傾げると同時に優しい顔つきになる瞬間が帆高はたまらなく好きだ。 胸の辺りがほわりと暖かくなる、そんな感覚にようやっとはにかんだ笑みを見せると、安堵したように息を吐いた。 お付き合いなんてするのも初めてならば、こんなに感情を搔き乱される程に人を好きになるのもほぼ初めて。 そんな初めてづくしで始まった恋に自分自身右往左往させられてしまったが、言ってしまえば両手に持て余す程の好きが溢れてしまっている結果なのだろう。 何を考えているのか分からない律だからこそ、素直なリアクションも嬉しい。 「じゃ、今日セックスしよう」 「――――――…」 どストレート過ぎるけれど。 顔面に硬球を投げられたような気分だ。 もしかして、これが本来の律の姿なのだろうか。そう言えば大貫が前にも言っていたではないか。 (学生時代はそれなりに普通だった、みたいな、事…) これが通常時? こんな綺麗な顔で、さらりと情事に誘える律を強張った表情でまじまじと見遣る帆高だが、 (それでも、好きだわ…) 何だかんだその感情が上回ってしまう。 涼し気な顔をして素っ気ない風な律も、面倒見が良い律も、嬉しそうに笑う律も、不機嫌そうに眉を顰める律も、首を傾げるあざとい律も、こんな律であっても、全部が知りたい、自分の物であって欲しいと願う。 一体何時の間にこんなに加速してしまったのか不思議なものではあるが『恋』とはこう言うものなのかもしれない。 (もしかして、相性が良い、とかも、あるかも、だしな…) 運命の相手だとか、小指に赤い糸、なんて臭い事を言うつもりはないが、そう言ったフィーリングてきな相性があっても可笑しくは無い筈。 ―――――だからと言って、今日セックスしましょうと問われてすぐにイエスと答えていいものか、 「帆高は興味ねーの、俺とのセックス」 「ありますね」 無い訳が無い。 誰だと思っているんだ、健全十代男子だぞ。 興味もあれば好奇心だって普通にある。それが例え今迄当たり前だと思っていた相手が『男』であってもだ。 「ただ、その、…もう少し心の準備が欲しいなぁ、なんて、」 言葉通り前も後ろも未使用、新品なんです、自慢にもならない、自虐ネタですが。 ごもごもと肩を丸めて、顔を伏せる帆高の首までもが赤いのを見遣り、ふむっとそのまま視線を斜め上に上げた律だが、その口角はこっそりと持ち上がっている。 どうやら素直に嬉しいらしい。 帆高の初めてが全て自分の手中にある。 (めっちゃ、ラッキーじゃね…) 別に元カレだとか元カノだとかこだわるタイプではない。 過去なんてどうでもいいし、そんなもんに振り返ってジメジメしているなんて時間の無駄。これからの方が大事だと思えるタイプの律からしてみれば、前の恋人にやきもきしている人間の方が面倒臭そうだと内心は思っていた。 けれど、帆高の初めては自分なのだと思うと妙に昂るこの気持ち。 こんな気持ちになるのも初めてなのだからお相子なのだろうかなんて真顔で考えてしまう辺り結構律も良い性格をしている。 そんな自分の様子をどぎまぎとしながら伺い見る帆高だが、その様子に律はやれやれと肩を竦めた。 「じゃ、風呂入ってくる?」 「…何で?」 「心の準備してくるんだろ?」 「待って、俺の準備時間って数十分しかないんですか」 何が悪いと言わんばかりの顔も金粉でも生み出してんのかと思うくらいにキラキラとした眩さに眼が攻撃される。 「あんたはサイ〇バかよ…っ」 「誰それ」 *
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