甘い蜜は飴に非ず

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甘い蜜は飴に非ず

永瀬大海は恋をした事で毎日が楽しくて仕方が無い。 相手は男で明らかにノンケ。成就する筈は無いと思ってはいても、思い続けるくらいはいいだろうと自分を納得させている。 メッセージの遣り取りもほぼ毎日、今では相手から遊びに行くかと誘われる事もしばしば。 今朝も早速昨日送っていたメッセージの返信を覗き込む。 九月に入ったらボルダリングに行こうと送ったのだ。大貫が好きそうだと期待して送ったお誘いの返事は勿論了承のそれ。 (やったぁ…!!) このような良い友人関係まで持って行けたことが奇跡でしかない。 元々は何の面識も接点も無かった大海と大貫。それでもここまで親しくなれるようアグレッシブに動いたのだ。 恋とはまさに偉大だ。 バイトだって大貫の店に行きたい、折角遊びに行のに金銭的に負担になりたくはないと始めた事。 そう、恋をした事で自分も変わり、周りの風景すらも違ってくるのだ。 楽しいなぁ、なんて朝起きた時から感じれる。 結ばれる事が無いのに不毛だと言う輩も居るかもしれないけれど、うちはうち、よそはよそ、人には人の乳酸菌。 けれど、そう考えるとふっと幼馴染を思い出す。 そんなに社交的でもないがとてもいい男だ。 見た目では無く、包容力があるとか、視野が広い、と言うか。 ゲイだと告白しても、態度も変わらない。むしろ応援してくれる始末の幼馴染。 (あいつも恋とか、すればいいのになぁ…) 普段から冷めている訳ではないが、あまり物事に執着するタイプでも無く、没頭するような何かがある訳でも無く、淡々と生きているイメージの強い彼だからこそ恋のひとつでも、と考えるものの、だからと言って相手が誰でも良いとは決して思わない。 是非幸せになって貰いたい。幼少期より一緒に居るのだ、助けた事も助けられた事もそれなりにある、大事な友人だ。 この夏は一体何をしているのだろう。 彼もバイトを始めたが、そちらが忙しいと言っていた。もしかしたら運命の出会いなんてものもあるかもしれない。 『余計なお世話だ』 と、彼は唇を尖らせるかもしれないが、老婆心の如くお節介な思いを抱きつつ、今日もバイトを頑張ろうと深呼吸する大海は窓越しに青い空を見上げた。 * え? と、寝ぼけ眼を開けた先に見える窓越しの青空に一気にぼやけていた脳が覚醒する。 (今、何時?) あまりに高く濃い青。 寝過ぎた。 今日バイトは? 飯は?あまり遅く起きると綺麗に磨かれたキッチンとテーブルがお前の分は無いと無言の訴えに項垂れる事になってしまう。 やばいと身体を持ち上げようとした帆高だが、 (あ、れ、?) 視線は天井のまま。 「――へ、」 身体が動かない。 その事に気付き、何故、どうしてと慌てるも、ずきっと伝わる鈍痛に歯を食いしばった瞬間、記憶が一気に脳を駆け巡った。 「――――あ、」 そうだ、俺、やったんだ、と。 何とか腕に力を込め、重い身体を引き摺りながら持ちあげれば再び痛みが腰を中心に走るも、初体験を終え朝を迎えた帆高はそれどころではない。 隣を見れば誰も居ない事から既に律は起きているらしい。 (ぉ、お…) やたらとドキドキするのは何処からともなくやって来る罪悪感にも似た感情。 誰に何を問われても全くこちらに非は無いのだが、不思議と感じるそれに背中を丸める帆高は全裸である事に気付くと周りを見渡した。 せめて下着だけでも着用したい。 昨夜どのようにして脱いだかも覚えてはいないが、その辺にあるのではと床を覗き見るも靴下一枚も見当たらない。 もしかして律が洗濯しているのか、それともどこかにまとめているのか。 「―――っ、」 それにしても腰が痛む。 いや、腰だけではない。酷くは無いが全身が細かく痛い。 恐る恐る首から下に視線を落とす。 こう言っては何だが途中からあまり記憶が無い。昨夜此処まで連れてこられたのは覚えている。 嬉しそうな律から手を引かれ、ガチガチに固まった帆高に何度もキスをし、ふふっと声を上げて笑われた事も。 (えーと…そっから、) まるで経年劣化した映画のフィルムのように途切れ途切れの回想。 なんせ此方は初体験。 兎に角男は面倒だと思われない様に気を付けていた。一々反応しないようにだとか、声を出さない様にだとか、唇を真一文字に結び身体から力を抜かぬように注意していたが、 『俺に触られんの、いや?』 間接照明にほんのりと浮かぶ至近距離の律の顔。 真正面から、しかも少し掠れた低い声音でそんな事を言われて、文字通り腰砕けになってしまったのは言うまでもなく。 ひと言で表すならば、エロい。 これに尽きる。 そこからは男たるもの覚悟を決めてどんと恋にシフトチェンジしたのは当たり前で、 『気持ちいい?』 『ここ好き?』 『舐めていい?』 『噛みたい』 全ての問いにイエスマンになってしまった帆高が自我を保てる筈も無く、ただ頷き翻弄されるだけの時間になってしまった。 あまりの気持ち良さに――――。 「う、わ…」 見下ろした胸がえげつない。 肌色の範囲があまりに少ない。 特に存在感なんて皆無だった筈の胸周りと臍なんて見るに耐えない。人様に、例え医者であっても躊躇するレベルだ。 特に胸なんて、 (つーか、胸って言うより…っ、) 言ってしまえば乳首だ。 がっつりと自己主張するかのように真っ赤なそれと乳輪を囲う様に刻まれている噛み跡。 なんてものを残してくれているのか。
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