その衝撃は皿が割れるよりも

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パンフレット片手に、 「何乗りますっ?テーマパークとか久々過ぎてっ」 と、寒気も何のその、一息で吹き払うかのような鼻息荒々しい大海と、 「俺も久々なんだ!絶叫系とか実は結構好きなんだけど、永瀬はイケるクチ?」 まるで昔からの友人かのように大きい口で笑う大貫。 「う…わー…お、俺も好き、ですね、ぜっきょうけー…」 (あ、あいつ死んだな) そして、そんな二人の後ろを歩く帆高と律。 まさか、 まさか、こんなところで出会えるとは。 絶叫系に命の危機を晒されている幼馴染を心配する事も無く、先程から拳を握りしめている帆高の掌は絞ったらバケツ半分は溜まりそうな汗にまみれている。 握手会なんてあったら、神対応と謳われるアイドルであっても露骨に嫌な顔をされ、マネージャーがフ〇ブリーズを構える事間違いなしだ。 ちらっと隣を見れば、あの綺麗な顔がすぐそこに。 大海はイケメンと言っていたが、こうして間近で見ればどちらかと言うと美人と言う言葉の方が合う気がする。 想像以上にデカい、けれど。 初めて見た時はそれなりに距離もあり、自分は立ち上がろうと前屈み、そのうえ、顔だけに視線が集中させていたからか、改めて見た律は帆高よりもだいぶ上に頭がある。 帆高とて、身長は175センチ。 余裕で平均は超えているにもかかわらず、それを優に超える身長は放たれる圧で喉から不可解な音がしたくらいだ。 (けど、まぁ…マジできれーな顔…) 正直、藤色の髪色なんて自己主張、個性の強いご婦人色だと思っていたがそれは間違いのようだ。 律にかかればより顔立ちが高貴に見える、薄めの色合いだからか、現実味が薄いと言うか、儚さを感じる。 人を選ぶ色なのだろうなと思いつつ、帆高は未だ胸を高鳴らせていた。 (―――――どうする、よ) 別にどうにかしなければならない事は無いのだが、どうにかしたい。 どうとは?と聞かれたら、こうだと言う明確な答えが無いだけに、悶々とする帆高の表情も硬いモノへと変わっていく。 例えば、取り合えず名前だけでも憶えて帰ってもらうとか? どっかの営業芸人の口上のような事を考えていると、 「…お前、気分悪いの?」 一瞬反応が出来ず、自分で思った以上に怪訝な顔をして見上げてしまったのだろう。 「すげー顔してるけど」 「…………あ、」 ふっと笑う律に、帆高の脳が揺れた。 恐ろしい、なんて恐ろしい。 笑顔だけで思考を止められた。 身体が強張ったと言うのに、膝は骨がコンニャクになってしまったかのように崩れるかと思ってしまった。 だが、それを顔に出す訳にはいかない。 相手は心配してくれているのだ。 「い、いや、大丈夫です」 「体調悪いんだったら早めに言いなよ。アイツ割と鈍いから、気付かないでさっさと進むからさ」 「…あ、あぁ、そーですか…」 なんと言う事だ。会話が出来てしまった。 これ現実?もしかして会いたいと思うが故の夢とかだったらどうしよう。 ここはベタだが、一度頬でも引っ張ってみるべきか。 真顔で指を顔に近づける帆高だが、それは抓る前に制止を掛けられた。 「つか、アイツに無理矢理付き合わされてるとかじゃないよな」 「あー…いや、大丈夫です、どちらかと言うと大貫さんが大海、あ、あの一緒に来てるもう一人の、アイツに付き合ってくれてる感じじゃないかと…」 「へぇ」 然程興味も無い様な声音。 いや、だがそんな事どうでもいい。 (声までいいわー…) 落ち着いた、低い声。 でも聞き取りにくいモノでは無い、むしろ耳を擽る様な、腹がぞわっとするような、前に女子が言っていた声だけで孕まされると言う声質なのでは。 (女子だけでなく男にも対応可能なのかよ) イケボも加わって尚恐ろしい。 「あの、」 「何?」 「むしろ、その…吉木さんの、方が、今日無理矢理だったんじゃ、」 折角会話が始まったのだ。 もう少しくらいキャッチボールを楽しみたい。もう一度会えるだけでもなんて謙虚な心持は先程バッドでかっ飛ばしてしまったらしい帆高はグローブに切り替えバッチ来い状態。 「まぁ…バイト休みって言ってたから、朝からバンバン電話来てて」 「大学の友達っすか?」 「もっと古いかな。中学くらいからの付き合い」 「へ、へぇ」 新しい情報までゲット出来ている。 差しさわりの無い返事をしつつ、帆高の脳内は今混乱の中にも冷静さを取り戻した細胞がせっせといらぬ記憶を抹消し、次々と律に関する事を記憶していく。 きっとこの状態で大学試験を受けたならば、不合格間違い無しだろう。 大海の事を散々犯罪者予備軍だとかこっそり思っていたが、これでは帆高は変態の極みを悟ってしまうかもしれない。 でもそれくらいに今日与えられた時間で律の事を知りたいと思ってしまう感情が止められないのだ。 繋がりは出来たとしても、会えるとは限らない。また会話が出来るとも分からない。 だったら、出来るだけの事をしたい。 「お前らの事は聞いてたんだけどな、大貫から」 「そ、うなんですか…?」 「憧れてるって話しかけてくれた高校生が居る、弟みたいで可愛いって」 弟。その言葉に目の前を楽しそうに歩く大海にきゅっと胸の辺りが痛むも、どう転ぶも本人次第。今勝手に自分が同情するのは筋違いもいいところだ。 「そう言えば、名前は?」 「あ、すみません、名乗って無くて…っ、あっちは永瀬大海で、俺は公文帆高ですっ」
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