甘い蜜は飴に非ず

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「ど、同棲…あー…」 「何?乗り気じゃないって感じ?俺と一緒に住むのが嫌?」 「そ、そうー…じゃ、なくて…っ」 小さくなった帆高の声に律が訝しげに目を細めるもその手はしっかりと目の前の腰に回り、逃さんぞと言わんばかりに力が込められる。 「あの、俺らまだ学生じゃないっすか…」 もうこうなったら考えを言うしかない。 考えて少しずつ固まった帆高の答え。 「だから?」 あぁ、きょとんとした顔が可愛い。綺麗で可愛くて最強の名を欲しいままにしている。 「だから…一緒に住むにしたって親の金頼りになるし、そんなんで好き勝手するって言うのは罪悪感しかなくね、って…せめて就職してからが本当じゃないかなーって…」 いくらバイトをしていたって大学生じゃ高が知れている。このマンションに上がり込むにしたって結局は律の両親が家賃や生活費を工面しているのではと思うと、同棲なんて浮かれて出来やしない。 変に帆高のクソ真面目さが此処にきて仕事してしまうのが自分自身面白みの無い人間だとは思うものの、性分なのだから仕方ない。 律にもノリが悪いと思われるでは、と思ってすぐには言い出せなかったのも理由のひとつ。 案の定じっと此方を見つめる眼からは感情が読み取れない。 「…伝わり、ました?」 強張りそうになる表情筋を持ち上げ、ぎこちない笑みを浮かべようとする帆高の腰に回っていた手がスッと離れ徐に立ち上がった律がスタスタと自分の寝室へと向かう。 (ーーーーへ、俺、) マズった? もしかして呆れたのだろうか、それともつまらないと思われたのだろうか。 空調の効いた部屋でひやりと背筋を襲う不安。 ごくっと喉を上下させ、思わずソファの上で正座してしまう帆高の心臓の動きは忙しない。 しかし、そんな不安を他所にすぐに戻って来た律の手にはスマホが。 「ーーー何、っすか、」 「俺のじーさんって投資家なんだけど」 投資家? 今何故このタイミングでそんな話を? 今度は帆高のきょとんとした顔を見遣り、ふっと少し困った風に笑う律はスマホを開けると何やらアプリを起動させる。 「俺の両親ってのが結構忙しい人間でその間じーさんに預けられる事が多かったんだけど、その時に色々とまだ小学生くらいだったんだけど、教えてくれてて」 「色々…」 「そう。それこそ投資のやり方から株まで。実際お年玉とか使って俺に実践とかさせてくれててさ。勿論名義はじーさんだけど、儲かったりしたらそれをくれてたんだよ」 何と言う英才教育。 そんな事を小学生にやらせていたなんてある意味スパルタ方針だな、なんてある意味感心していた帆高だが、目の前に掲げられたスマホの画面に釘付けとなってしまった。 インターネットバンキングの画面のそこにある口座名とその金額。 「ーーーーーへ、え、?」 「これ、俺がコツコツと儲けた金額。ちなみに今でも株は片手間でやってる」 いや、これは凄い。 素直にそう思える。これだけの金額を稼げるなんて天性の才能もあるかもしれない。 しれない、 (けどっ…!!!!) 見た事も無いゼロの数を数える間も無く、そのスマホの画面を両手で隠した帆高は慌てた様に律へとそれを押しやる。 「だ、だめでしょ、そんなん人に見せたらっ…!!」 「何でだよ。ちゃんと稼いでるって証拠なんだけど」 「それでも他人に金があるとか見せちゃ駄目なんだよっ」 「それで答えは?」 「は、?」 会話のキャッチボールが出来ていないこの感じ。 けれど、律の求める答えは最初から決まっているのだろう。 「誰にも頼らず、俺と住めるんじゃね?」 「ーーーーは…」 「どうせ数年したら働く事にだってなるんだし。それまではこの金で暮らせるだろ」 え、 (えええええ…) 待って、この人本当に同棲したいのか? (俺と?) かああああっと赤くなる顔を自覚しながら、まじまじと律を見遣れば少しバツが悪そうに肩を竦める律がはぁっと息を吐く。 「わかってるよ、俺くそカッコ悪いんだろ」 「それは無いでしょう」 瞬時に真顔で答える帆高にブレはない。 「引いてもいいから話聞いてくれる?」 「いくらでも」 力強く頷く姿にも矢張りブレない。 「余裕が、無い」 「よ、ゆー…?」 「もうちょっと余裕を持って帆高と向き合いたいって思う反面、眼の届く所に置いておきたいだとか、傍にいて欲しいだとかそっちの感情の方が強くなってるみたいだ」 「お、おぉ…」 きゅん、と文字通り擬音が心臓から躍り出る。 これは殺し文句としてはかなり強い。 肉球披露からの猫パンチくらいに強い。 「分かる?自分の感情なのに追いつかねーの。もっと帆高にスマートに見せたいのに見せれねーの。嫉妬していいだとか言ってたけど、こっちの方がヤキモキしてんだわ」 スラスラと饒舌にそう語る律の肩がゆっくりと下がっていく。 「初めてでどうしたらいいんだろうって思うけど、帆高にとっては迷惑になるんだよな、やっぱ」 「え、えぇー…」 やめて、しゅんとしないで欲しい。 そんな露骨にショボンなんて顔されたら、 「り、律さん、俺迷惑なんて思わないし、一緒に住みたいってそりゃ思うけどっ」 「まじで?」 ぎゅうっと抱きしめたのは帆高の方から。
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